柑橘梱包 the ed_bowz book Vオレンジ 1987/07 〜 1992/08
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集団と個人  〜研究室課題作文

 私達の生活は、あらゆる集団に属されている。そして、その集団を形成する私達は個人である。集団の中では周りとの仲間意識を常に持ち、他人に対しある程度の気遣いが必要だ。反面、どのような集団に属されようとも、私達は個人的意識も持っている。この意識の強い人は協調性よりも利己的な考えの持ち主となる。確かに自分だけの生活も、重要である。集団と個人とは、自分の生活と仲間への協調性のバランスが、表へでるものではないだろか。
 個人である私達は、皆それぞれの考え方を持っている。二十年間と少しではあるが、いろいろ考え、親、学問、人物や芸術に感化され育ってきた。このとき、形成される性格や考えは人それぞれである。だから個人とは、皆、違うものなのである。さて、このような様々な性格の持ち主が集団を形成する。ここでのコミュニケーションもいろいろである。理想では仲良く集団生活を送る事が、できればいいのだが、実際は、そうもいかない。多くのつき合いの中には、どうしても相性の合わない人間が出てくる。しかし、離れることはできないのである。ここで私達は人を選べないのである。一つの枠に入ってから様々な人と出会うから集団生活である。それぞれ個人の考え、習慣などの判断によるコミュニケーションは性格の探り合いの要素を含んでいる。逆に自分にとって影響を受ける程の人物に出会ったりすると、それは大きな喜びである。

 さて、ここで私個人を考えてみる。たいへん個人的意識の大きい人間である。自分の考えが強すぎ、他人に似たものを求めてしまう傾向がある。人付き合いが、面倒になったりする。余り集団生活に適していないのは以前から、意識していた部分だった。その解決策としては、相手に対し、本当の姿が見極められる程、付き合って、理解する。相性の合わない人に対しても、無理に嫌われる事もないので、ある意味で適当に付き合う。まして、仕事などの目標が間にあれば、また違った付き合いとなるだろう。これらのような改善を自分自身で行えば良いことなのである。
 協調性が重要なのは分っているつもりだ。しかし、先に述べた改善策等、私にはできないと思ってしまう。できることなら既にやっているはずだ。私達はもう少しで会社という集団に属される。だからこそ協調性を身に付けることが重要なのは分るが、会社とは生活の半分を預ける場所となるのだ。最低限のマナー、付き合いさえ守れば、無理と感じる協調性は必要ないと思う。それより本当の自分を出し、精一杯の事をしていた方が、私には向いていると思う。そうする事によって周りから認められ、相手を納得させてしまうようになるのではないだろうか。このような方法をとる事により、協調性が生ずるはずだ。これが私に合ったコミュニケーションと考えている。社会の一員として役立ち、自然体で自分を出すべきである。私も集団の中の個人なのだから。

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