柑橘梱包 the ed_bowz book Vオレンジ 1987/07 〜 1992/08
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1990年代のロックンロール・マジック

 12月1日、チケットぴあに行く。ライドかソニック・ユースのチケットを買いに行ったのだが、当然一週間後のライドは売り切れで、ソニック・ユースは多少でも余っているだろうという算段であった。しかし、12月7日のライドがなんと2枚も買えてしまったのだ。そうか。ソニック・ユースは後にしよう、金が無い。
 その後、紀ノ國屋に行き、○ッキング・オンを買う。この時、僕の隣のレジで女の子が○ッキング・オンを買っているのを見て、「嫌な奴」と直感的に思ってしまった僕は何なのだろう。
 その後、トータル・リコールを観た。フィリップ・K・ディック派の僕としては当然期待していなかったので、その分ロボコップのように楽しめた。はっきり言ってレイダースなど一連の作品よりは面白く、またポール・バーホーベンのB級の抜けなさがジェームス・キャメロンを思わせた。
 その後、家路に着くがこれだけの行動で疲れ果ててしまったので小田急線は各駅停車の電車で座って帰ることにする。ここで○ッキング・オンを読んだ。“伝言板”のところで「ライドのチケット譲って下さい」と書かれていた。不思議だ。またソニック・ユースのライブを一押しする記事を読む。ヤバイ。

 僕は現在、会社に勤めているが、やたらと給料が安い。いや、給料自体は一般的らしいが(本当か?)、一人暮らしの人間に対し、住宅手当が零なので、風呂なし3万5千円のボロ部屋に住んでいても、ほとんど難民のような生活をしている。それでももう学生ではないので、貸しレコード屋へ通うのはやめた。
 我が社の給料は毎月27日なのだが、今回の11月27日には、デイブ・スチュアート、ウェンディ&リサ、ソニック・ユースを買った。どうしても一時的に欲しいのは蹴落とす訳で、選び抜いた3枚なのである。というのは嘘で、ソニック・ユースはかなりの衝動買いだった。今回の3枚はとにかくソニック・ユースだろう。何の知識もなく聴くそれは、やたらめったら格好良かった。僕が現役で活躍しているグループの中で一番好きなのはスミザリーンズなのだが、音は全然違うにしても、それに似た感動を覚えた。やはりカレッジ・チャートを制した奴は実力派である。

 1967年は全く凄い年である。ドアーズ、ベルベット・アンダーグラウンドのデビュー盤、ジミ・ヘンの「ボールズ・オブ・ラブ」やクリームの「カラフル・クリーム」、そしてビートルズ「サージェント・ペパーズ」。幾ら挙げても切りが無い。ロック史に残る名盤が相次いで発表され、その都度、貪欲に新たな可能性を追い求め、異常とも思える速さでロックが進化した時代である。また、この年は僕自身も発表されている。
 勿論、67年に限った事では無い。パンクの終焉を迎えるまでロックは動き続けていた。ただ、その変化の歴史の中で生まれた僕の年代まで、その勢いは持続できなかった。これらの話は遠い昔のでき事、レコード会社の宣伝ではないが、神話や伝説としてでしか捕えることができないのだ。ロックのバイブルのような曲がヒットチャートを賑わせていたなど、到底信じることができない。その目まぐるしく変化する新しさは、きっとスリリングであったのだろうと思うだけである。
 80年代は空白と言われ、ロックに限らずポップカルチャーにさほど大きな動きは見られなかった。いや、全く無かった。ロックの進化の歴史も信じられなかったが、現在の音としての80年代のロックも信じられなかった。スリルを味わうなど皆無に等しく、斬新性や進化など全く当はまらなかった。80年代に育った僕としては過去の出来事に強く憧れた。悪い事に僕達には過去の作品も用意されているのだ。60・70年代、作品は幾らでも選べるのだ。中学1年の正月に80年を迎えた僕は、22歳までこうして80年代を過ごすこととなる。
 80年を迎えるとビートルズ関連のニュースがテレビで流れた。笑顔を振りまきながら、警察から出てきたポール。泣きながらレコードを買う女の子、ジョンが射殺されましたと伝えられた。僕にとっての最初のビートルズなのだ。
 真剣に音楽を聞き始めたのは高校からだった。きっかけは佐野元春で、それを遡るようにビートルズへといった。友達から借りた「A Hard Day's Night」に針を落として、最初のあのギターの音を聞いたときは、何かが頭の中を突き抜けたような気がした。突然起こされたような、見ているものがクリアになったような、目からは当然のこと、頭の中からも何枚も何枚もウロコが落ちるような気がした。曲は何度か聞いた事があって知っていたのだが、初めてレコードで聞くそれは、全く何かが違っていた。僕の初めての洋楽体験である。十何年も前のレコードで。既にジョンがこの世に居ない、レコードの中の声やギターにひかれたのだ。もう存在してもいないグループに。

 話は変わるが、僕は洋楽そのものよりは先に邦楽から入った人間だ。音の云々を比較しようというのではないのだが、ただロックの歴史を消化し噛み砕いた音が、日本語によってわかりやすく提示する音楽的な背景が、既に成り立っていたのである。当然、訳のわからない英語よりも母国語である日本語の方がスッと僕の耳に馴染んでいった。これは現在の洋楽と邦楽のセールスの差を考えれば歴然としていることだと思う。

 そしてビートルズを聞くようになる。最初に僕を捕えたのはサージェント・ペパーズであり、マジカル・ミステリー・ツアーだった。サイケデリック・サウンドの異様な響きに酔いしれた。聴いたこともないような世界がそこには広がっていた。
 よく初期のR&Rがビートルズだ、という言葉を耳にするが、それが理解できるようになったのは本当にここ最近の事だ。つまり、プリーズ・プリーズ・ミーやウィズ・ザ・ビートルズあたりなのだが、あの音を聞いて思ったのは、古くさいであった。ある程度、ロックの一連の流れを聴き、状況を把握した上で、「ああ、なる程。この時ビートルズはこのR&Rなのか。これは新しい」と、もうほとんど訳のわからない納得をする状況に置かれているのだ。
 ビートルズを聞けば、ストーンズ、フーの名前も耳にする。それからロック史の墓漁りが始まる。ドアーズ、ジミ・ヘン、T−REX、スライ、ピストルズ。本当にいいレコードだ。本当に大好きなレコードなのだ。
 まず最初の音である。ガツンとくる。本当にきてしまうから悲しくなってくる。昔にはこんなにいろいろあるのだ。昔の墓を漁れば漁るだけ答えてくれる。返ってくるのだ。しかし、現役のレコードではそれは中々味わせてはくれなかった。
 平行に聞いたもので時代性を感じたのはプリンスの「パレード」ぐらいか。しかしプリンスでさえ、音楽的評価をされながらも大きな動きにはなりえなかった。スミスのラスト2枚も大好きだが、そうはのめり込まなかった。コステロは現在よりもデビュー当時のR&Rの方が好きだ。別に現役のミュージシャンにケチをつけるつもりはない。もちろん、いいレコードにも何枚も出会った。しかし、しっくりこないのである。僕の中で墓を越えるものはないのだ。
 幾度も、過去のものを自分の非常口として捕えていて、新作を素直に受け止めていないのでは? と考えてみた。しかし、どう考えて

も、ジミ・ヘンが新曲としてラジオから流れていたのだと想像してみると、やはり太刀打ちできないのである。
 ローリング・ストーンズが来日した。つまり墓の中の住人達がやって来てしまったのだ。墓漁りロックと地続きの人達が、過去ではなく、生き残って様々な伝説と共に現れたのである。あの異様盛り上がりライブはストーンズに対してのみではなかったのだと、僕は受け止めている。
 サイケ、ハードロック、プログレ、パンク。最後の大きなムーブメントとされているパンクでさえ、75,6年であった。僕は小学生である。遠い昔の音なのだ。ロックの流れなんて感じたこともない。全て等しいのだ。前後関係など関係ない。プレスリーが過去なら、ピストルズも過去なのだ。何もかも過去なのだ。これが墓漁りの愛しいレコードの聞き方なのである。

 最近、新人が非常に面白い。しかも僕と同年代の奴らがうじゃうじゃ蠢いていて楽しくなってくる。頭の中ではもう二度と盛り上がりはしないのだろうと思っていたが、何だかやたら期待してしまっている。
 「ロックは死んだ」。何て格好のいい言葉だろう。全く冗談じゃない。確かにパンクによって全ては解体した。究極の基本的なスタイルのロックである。しかしこれにより、80年代は空白を強いられ、そして本当に長かった。
 マンチェスターの動きにも期待はしているが、どうも最近の新人バンドの台頭は商売臭さを感じる。先日のインスパイラル・カーペッツはガク然としてしまった。カリスマ性は全く無く、皆フケていて、へたな若手ジジイバンドであった。あれのどこがいいんだ!? 何がmoo だ! 金返せ! 何といってもストーン・ローゼスが原因なのだ。あのライブは本当に凄かった。あれは新しかった。あんな異様なライブは二度とないだろうと思いつつ、チェックしていなかったペイル・セインツのライブ記事を読み「しまった!」と思った。で後悔し、あの糞moo バンドだ。全く。しかし、あのストーン・ローゼスは何なのだろう。レコードはさほど好きではなかったし、新しいなんて全く思わなかったが、あのライブ! あれは凄過ぎなのだ。全く素晴らしい! あれは何なんだ? まあ、どんなことがあっても忘れないだろう、あれは。
 レニー・クラビッツも大好きな音だ。ジョン・レノン、ジミ・ヘンと何ども書かれているし、実際似ているのだが、従来のコピーではないのだ。僕の大好きなスミザリーンズなども様々なポップスのエッセンスを再現してくれるのだが、その曲に対して忠実であり、それ以上に自分のエゴは出していないような気がするのだ。自分の好みの音を適確に再現していくのである。どっちが優れているとかの区別ではないのだが、レニー・クラビッツの場合、その点、全く発想が違うのだ。レニー・クラビッツはこれが俺の音だと力強く断定し、その上に自分を出していくのだ。はっきり言ってパクリなのである。が、そのパクリ自体がレニー・クラビッツの全く新しいところなのだ。聴く方としては60年代サウンドの気持ち良さが蘇るが、本人はいたって90年代サウンドを掻き鳴らしているのだ。もちろん凄い才能だが。
 その点、ローゼスは非常に冷めている。彼等も過去の音への回帰だが、グラムもサイケもパンクもハウスも均等な距離で接している。過去の音への感情などないのだ。
 プリンスのグラフティ・ブリッジを聴いたとき、あまりにポップだったので驚いた。リヴィング・カラーが真剣なのも驚いた。90年代になり、そんなにすぐ80年代とは違う世界になるとは思っていなかったが、最近の数枚を聴くと時代の何かが来る予感がする。
 やはり80年代の空白は必然であったのではないだろうか? 空白の中には墓が転がって居たのである。それを積木のように組み立てて遊んだ連中が現れたのだ。従来とは全く別の次元で動き出したのだ。
 ロックの成熟、パンク以降の沈黙、社会的背景、ビジネスの巨大化、様々にそれらは絡み合っていたのだろう。しかしそんなものはどうでもいいことなのだ。明らかに動き出さなくてはいけない時代だと思うのは僕だけだろうか? 80年代を壊す時代と感じるのは僕だけなのだろうか? 今更、ロックと心中なんて話はいらない。そんなことより純粋な音が聴きたいのだ。しがらみなど受けない自分に従って鳴り響く音が。

 12月7日。定時直前に上司から「遅刻が多い」と言われながらボーナスを受けとる。ムカッとしたが、今日はライドである。着替えの入ったカバンをもって、速やかに退社した。
 最近、レコードやチケットの買い方が、以前とかなり変わってきている。これだけ日本に来ると、そうは予習の為にレコードを買うのは経済的に無理がある。そんな事を思い始めたときに興味本意で行った上々颱風は素晴らしかった。これは去る9月のウッディランドでのライブだったのだが、CM15秒でしか曲を知らないはずなのに、もう全曲酔いしれた。自分の考え方の甘さに涙を流す程であった。そうなのか、そうだったのか。これ以来、当り前の事に気が付いた。
 バンドはどのバンドも初めは無名であり、レコードは突然出せるものではないのだ。バンドはライブを繰り返し、お客さんを増やしていくのである。この当り前の、至極直接的な音楽の受け止め方を、僕は何年忘れていたのだろう。ここ数年、予習してライブに望み、盛り上がるぞ的な恥ずかしいことをしていた。ああ情けない。これはコンサート自体に対してであり、音楽に対してのものではなかった。もしくは受け手としての有りもしない義務を背負っていたのかも知れない。もっと言えば「おお、こんな曲までやったのか」と自分に酔いしれていたかったのではないか。こんな聴き方ではレコードもきっと素直に聴いていなかったのだろう。
 話を戻そう。ライド、良かったよ。
 若い。とにかく若い。この若さ、この年齢だからこその音なのだろう。80年代の空白さえ飲み込んでいるような音なのだ。空白が今、空白として成熟されたのだ。激しい音だががむしゃらではない。策略などでは無く、純粋にとても冷めた音なのだ。
 ロックはやはり死んだのだ。しかし、死んだからといって永遠に死なないから面白いのだ。都合のいい解釈だが、全く新しいスタイルを取って、今ロックが生れている。一度死んで、新たに生れたのだ。全く新しい。
 怒りなどは無い。常に空白を持っているのだ。あのギターの豪音は空白を埋めるための音なのだ。空白が横たわっている。空白に従えば、一生何もしなくて楽に暮らしていけるのである。だが、頭で理解しようとしても直感的にその空白を否定してしまう。そして気を抜けば、すぐに空白に飲み込まれてしまう。だからこそ、あのギターで空白を埋めるのだ。これこそ80年代を埋める音なのだ。
 そして今、僕は墓漁りから開放された。
 80年代の音はやはり過去の歴史を引きづった上で成り立っていたのだ。90年代の若手にはそんな思いなど、みじんも無い。だから新しいのだ。一周して初めてこの音が出たのだ。つまり、80年代の空白もある意味で必然的なものだったのだ。ロックは死んで、ロックをロックの要素にするため冷却されていたのだ。

資本主義社会の開放と希望  〜『pink』岡崎京子

 白い表紙には裸の女の子が上半身をスッと持ち上げ、気持ち良さそうに、そしてつまらなそうに目を閉じている。口唇と乳頭だけピンクに染まったその女の子を、僕は騎上位で交わっている最中の絵かと思えた。しかし「愛と資本主義」と大きく書かれた帯びを外してみると、彼女の下には男は居なかった。彼女の陰毛が描かれ、丁度正座をしているような姿だった。素晴らしい表紙だと思う。彼女に男は必要ないのだ。
 「我慢」「辛抱」という言葉がある。今現在を堪え抜けば、必ず良い

ことが待っている。ここで堪えることは、あとで必ず君の役に立つ。本当なのだろうか? そんなことは答えを聞かなくても皆解っていることだ。しかし農民社会の日本、敗戦後の高度経済成長の歴史を見れば、彼らが何是堪え忍ぶことを美化するのかも理解できるような気がする。
 例に挙げた二つは同じ堪えるでも意味が異なる。“農民社会”というのは、あの身分階級80%を占めた時代のあのことだ。何是堪え忍ぶのか。当然これは幻想であり、そうしないことには生きて(※途中で終わってます…)

ニキータにおける恋愛論 〜『ニキータ』リュック・ベッソン

 トレンディ・ドラマが大流行りだ。流行る要因は色々とあるのだろうが、どのドラマにも美男美女が登場し、泣いて、叫んで、キスをする。別にトレンディ・ドラマだけではない。恋愛ものと呼ばれる小説、映画など、そのほとんどは当り前だが、すべて嘘っぱちだ。それらは恋愛を扱っていない。ただその登場人物達のエゴ(特に性欲)を予め綺麗ごとに設定し、読者や観客に感情移入させやすくしているだけのことなのだ。恋愛という非論理的な感情を、共有できるはずなどがないのだ。だからこそ何百、何千もの恋愛表現が存在し、そのどれもが共感を得ないのだ。そんな視聴率を稼ぐような恋愛など、恋愛ではない。共感を得るなどという馬鹿げた発想は、不可能なことだと諦めた方がいい。恋愛などという厄介なものは当人だけにしか解らない。いや、当人達にも何が何だか解らない衝撃だから恋愛なのだ。

 長編第4作目になるリュック・ベッソン監督の「ニキータ」は恋愛の衝動に貫かれた傑作である。主演であり、実生活のパートナーであるアンヌ・パリローに向けられたベッソンの情熱が溢れ出る作品なのだ。
 「アクション映画のスタイルをした恋愛もの云々」という記事をよく目にする。この映画を恋愛ものとして捕えた場合、ニキータ自身の恋愛よりも、恋人であるマルコに対しての方がその比重が置かれている。マルコとは当然ベッソンの分身であり、ただひたすらにニキータを見守り続けている。どんな結果が訪れようとも彼女を信じ、愛して、肯定して、尊重している。それらの意志が画面から伝わってく

る。それらはつまり、リュック・ベッソン監督の“恋は盲目状態”から発せられるものなのだ。
 過去の作品に於いてベッソンは、予め緻密に計算し尽くしてあるような、ひどくつき離した視点でいつも撮っていた。大胆な構図、鮮やかな色彩感覚、そしてストーリーとも思えぬストーリーで観客を引きずり込む非現実性の魅力が彼の作風であった。しかし今回の「ニキータ」に関しては色も構図も関係ない。取り敢えずベッソンの愛したアンヌ・パリローが、そこにさえ居ればよかったのだ。それ以外のことを考えている余地などはなかったのだ。画面を観ているとレンズをのぞき込むベッソンの眼そのものになってしまったような錯覚に陥いる。やけに主観的なのだ。パリローへの愛情をフィルムに刻み込む為だけに作ったような個人的な作品なのだ。
 そんなベッソンがこの作品を辛うじて映画として成立させているのはストーリーの存在である。「(彼女と出会い)初めてストーリーから映画を作ってみたいと思った」と語るベッソンだが、これは逆にストーリーにしか頼れなかった為だ。アンヌ・パリローを映したい、彼女の魅力を充分に伝えたい。恋愛感情に暴走していて映像をコントロールできないベッソンには最低限のストーリーが必要だった訳だ。そしてその出来上がったストーリーがまた誇大妄想的というか、恋愛盲目状態の凄まじいものとなった。これがまた何ともリュック・ベッソンなのである。
 物語としての恋愛映画として捕えるよりも、恋愛状態を映画の中に残してしまったということが非常に優れた作品なのだ。映画という手間のかかる間接的なメディアに於いて、これほどまでに直情的にフィルムへ焼き付けたことは、まさしく奇跡的だと言えるだろう。

一九九一年のロックとは何か?
〜○ッキング・オン社社員募集応募原稿

 ラジオからライドやL・クラヴィッツが流れ出すと、僕はもう舞い上がってしまう。お気に入りのロック・ミュージックが、新譜として僕の耳に飛び込んで来る。
 ここ数年、僕と同世代のバンドが相次いで登場している。それらの音に共通しているのは、60年代風サウンドであり、感情表現の純粋性だ。そして、それらが僕には80年代への復讐のように聴こえてしまう。
 80年代は空白だった。パンクで爆発し、解体したロックが、しつこく新しい方法論を導き出そうと、もがいている姿だったのだ。そこに僕達は放り出されていた。魅力のない新譜を追い駆けるよりも、60・70年代の音を探し出すことの方が、僕には重要だった。神話・伝説といった言葉で括られる当時のロック・ミュージック。しかし、それらは

所詮、遠い昔の音なのだ。現役の音ではないのだ。
 ロックとは、虚構で質の悪い宗教のようなものだ。そして直情的で、真実を散ら付かせる魔法のようなものである。
 90年代を迎え、ロックは蘇った。しかし、80年代迄とは連続性のない、全く別の次元に居る。第二期ロックとでも言うべきか。振り返れば80年代は必然的であり、世代的・時間的に一巡する為の空白だったのだ。早い話、60・70年代の焼き直しだが、それを抵抗なく行うのに10年も要したのだ。60年代、英の若者が海の向こうのブルースに憧れ、消化したように、今回彼らは遠い昔のロックを吸収し、再構築している。素直に貪欲で、良いものは良いんだぜという基本方針で、全てを自分達に還元しているのだ。
 91年のロックは、第二世代が力強く確立されていく過程である。方法論に縛られない、純粋な音が期待できると思う。90年代のロック復活は、とても大きな魔法なのである。

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