柑橘梱包 the ed_bowz book Vオレンジ 1987/07 〜 1992/08
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江ノ電

 あの江ノ電と、また会った。一年ぶりだ。いつ見ても、かっこいいなぁなどと思いながら、藤沢から江ノ電に乗った。
 このゆれぐあいが、ぼくは、なぜかすきだ。江ノ電の特長だと思う。
 ふと、外を見た。子どもをおぶっているおばさんや、遊んでいる子どもたちが、ぼくたちのほうを見た。あの人たち、毎日江ノ電を見られていいなぁなどと思った。
 少し行くと、町に出た。魚屋のおじさんや、買物かごをぶらさげているおばさんたちで昼前にしては、にぎやかだ。小宮君は、
「江ノ電って、町の中を通るのか。あっ車に、ぬかされた。」などと言っているが、ぼくは、車にぬかされたって、江ノ電の方がいいじゃないか。かっこよくていいじゃないか、と思った。
 いつもの通りにのんびり行くと、今度は、海が見えてきた。安斉君も笑い始めた。
 ずぅっと向こうの波が、
「早く江ノ電を見せてくれぇ。」と言って、前の波を押す。すると波が全部平行になり何列もきれいにならぶ。奥山君が

「向こうに船が見える。」と言うので
「本当だ。」と、ぼくは続けて言った。
「今、魚がはねた。」とだれかが言うと、
「いや、鳥だね。」と、まただれかの口から聞こえた。
 ぼくは、今年は海へ行かなかったから、来年は、行って泳ごうと思った。
 江ノ電は、海を見せて、お客さんの心をきれいにしているみたいだった。
 少し行って、長谷でおりた。江ノ電は、鎌倉へ向かい、ぼくたちは長谷観音を見に行った。
 観音を見終わって、再び長谷駅に向かった。
 ホームで待っているとギギーギーとへんな音でやって来た。江ノ電は、いつもの調子でふらつきながら、ぼくたちを、また運び始めた。
 鎌倉についた。帰り、江ノ電を待っているとき、大沢君が、
「小宮君、○○君、写真を写してあげる。」と言った。ぼくが
「江ノ電のななめ前を入れて。」と言うと、大沢君も賛成してくれたので、そのように写した。きっとこれは、いい記念の写真になるだろう。

観 劇

 日生劇場へ行って驚いたのは、劇場の形だ。天井がおもしろい形をしていて、宇宙戦艦ヤマトに出てくるガミラス船のような感じがした。
 舞台の上には機械やライトがすき間なく並んでいて、何が何だかわからないようになっている事にも、驚いた。
 劇が始まった。モモは、口がきけないが、歌は歌える。その歌は、町の人の心をつなげる歌だ。聞いているぼくたちにもモモの心が通じてくる。
 時間泥棒が来てから、町の人たちの生活が変わってしまった。大人は手を休めずに働き子どもたちは勉強に集中した。しかし、モモは勉強に集中せずに、自由にくらしていた。それは、みんなの考えとちがうからだ。ぼくだったら、多分みんなのまねをして、いやいやな

がら勉強をやっていただろう。そこで、ぼくは、モモをえらいと思った。自分の考えどおりに行動し、自分の思った通りに進んだことに感心する。
 歌のことでも感心したことがある。時間泥棒とちがう歌を合唱したときびっくりした。歌がごちゃごちゃにならないのかなぁ、と疑問に思うほどだ。
 みんなの命を助けるために自分の命をかえてもいいという勇気・愛などということの大切さをしみじみと味わった。今でもそれは残っている。
 劇を見て「時間」というものをどうやって使うのか、わからなくなった。今までの時間の使い方とこれからの時間の使い方を変えなければならないのだろうか。
 この劇を思い出しながらよく考えてみたい。

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