柑橘梱包 the ed_bowz book Vオレンジ 1987/07 〜 1992/08
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事故を目撃された方、ご連絡ください!!

 去る1月24日(金)A.M.7:25頃、川崎市役所前に於いて、私の乗ったバイクと自動車による接触事故が起こりました。その事故を目撃された方、どのような些細なことでも構いません。是非、下記宛てにご連絡下さい。

 川崎駅より国道15号方面へ三車線中の右手車線を、私がバイクで走行、中央車線及び左側車線は、通勤時間のため渋滞していました。川崎市役所前に差し掛かる時、中央車線より明らかに後方確認無視の車が、私の目前に車線変更をしてきました。咄嗟に急ブレーキをかけましたが、バイクはスリップしたままその車と接触、転倒、その後中央車線で渋滞待ちされていた乗用車1台にも接触しました。しかし、当事者である車線変更してきたその車は、そのまま走行、現場を去っていってしまいました。そのとき事故を目撃されていたトラックのドライバーの方が、警察、救急車などに連絡してくれ、私に「白のセドリックの個人タクシーだ」と教えて下さいました。しかし、その方は通勤中であると急がれており、名前など聞くことができませんでした。

その後、警察に状況を説明、その個人タクシーを探していただきました。数日後、タクシーが発見され、その運転手の人と話しましたが、全く私の状況説明とくい違っていました。

〔タクシー側の証言〕
「右手車線を信号待ちしていたところ、後方より猛スピードで走ってくるバイクが接近、突然信号が赤であることに気付いたらしく、急ブレーキをかけ転倒、そのまま中央車線で渋滞中の乗用車2、3台に接触、その勢いで私の車、後部に激突、衝撃は感じたが大した事故ではないと判断、信号が青になったのでそのまま発進した」とのことです。

 タクシーは事故後、すぐに壊れたテールランプ等を修理に出されたそうです。ぶつけられたにも関わらず、全く太っ腹な方です。警察側は、当人同士の主張のみで目撃者がいないということで、事故処理も終わっていません。是非、事故を目撃された方、どのような些細なことでも構いません。ご連絡ください。よろしくお願いします。

pink以降  〜『Happy House』岡崎京子

 13歳の少女が敢行しているのは家出である。大げさに言えば旅立ち、一人立ちとも言えるし、彷徨とも言える。しかし、物語では家出として扱っていない。逆に家を出て行かれてしまったのだ、家族に。家族という構成単位を棄てた人々と、取り残された純粋な家出というか孤独性少女のストーリーである。
 それが実は13歳のフィクションに留まらず、人間として頭を使ってる奴が誰でも気付く、私は誰なのかに貫かれている。存在理由の探索である。

 物語の主人公の少女は常に個人であることを主張、覚悟している。神様は居ない。信じるものは私の信じることだけ。自分が悲劇のヒロインのようで、同情してしまう自分が笑えてかわいらしい。僕達、読者が求めるであろう答えは安々と主人公のキャラクターに植えつ

けてしまっているのである。完全に次を目指しているのだ。

 話は飛ぶが“pink”に衝撃を受け、岡崎京子先生の作品(単行本)は全てそろえた(つもりだ)。素直な感想を言えば、ポスト“pink”は存在しなかった。それらは総て“pink”以前の作品であり、それらを探れば探る程、完成形としての“pink”の素晴らしさを持ち上げる形となった。しかしそれは残念であると同時に岡崎京子という作家を促える時、良いことだとも思う。
 そう、つまり“Happy House”は“pink”以後として岡崎京子の何もかも成熟した作品性の爆発である。うれしい。

 SOMEDAYを必ずあとがきでは提示する。しかし物語はSOMEDAYが入り込む余地がないHeavyな世界を提示している。
 つまり岡崎京子は現在を捉えた「女」なのだ。

「だんだんわかった」読んでどんどんわかんなくなった
〜『だんだんわかった』仲井戸麗市

 1986年8月 19歳の夏だった

 FEEL SO BAD “セルフ・ポートレイト”
 ハートのエース“グローリー・デイズ”
 二曲

 一週間の夏休み バイクを借りて三浦半島までいった

 黒のジャケット、赤の写真

 FMで重い曲が流れた

 85年10月号 ○ッキング・オン
 仲井戸麗市インタビュー

 僕は何も原因のはずではないのに大きな力で右に左に転がされた

 熱い部屋だった。赤黒いカーペットが敷かれていた。全てが馬鹿野郎共だった。薄暗い部屋だった。僕は自転車をこいで THE仲井戸麗市BOOKを買いにいった。友人が初めて購入した車にテープをかけるといきなりとめられた。友人に貸しまくった。レベッカの新譜だと言って聞かせた。バイオリンといった。全く知らない後輩がメロディを口ずさんだ。一番聴いたアルバムだ。19歳の夏だった。

 先日、上を向いて歩こうの〜
 これだけは決めている。もし一枚だけなら THE仲井戸麗市BOOKをもっていく。もしチャボが駄目だと追いかけてきても、絶対もっていく。離しはしない。既に僕の一部の音なのだ。

 こんなものを読まされたら迷惑である。
 読後、すがすがしくなった。感動した。心地よかった。一時間後、何是か判らず落ち込んだ。夜勤の中、考えるともなく考えていた。朝方、明るくなる頃、爽快だった。何是か判らないが。

 やみつきになりそうだ。その世界が圧倒的であったため、眩暈がしたのだ。きっとそうだろう。文章も、内容も、そしてその仲井戸の世界が明確に存在していた。

 でもこれはもってかない。これはあまりにも仲井戸個人の宝物だから。俺は俺でセルフポートレイトという題名を頂だいして、遺書まがいのものを書いている。

 “THE仲井戸麗市BOOK”を僕は絶対に持っていく。ビートルズとドアーズとスミザリーンズとニルヴァーナも持っていくつもりなのだけれど、一枚しか持っていくことができないとしたら、駄目だと言われたら“THE仲井戸麗市BOOK”にする。仲井戸麗市本人が「やめてくれ」と言ってきても、これは譲れない。僕は“THE仲井戸麗市BOOK”を何があっても絶対に持っていく。
 このレコードは仲井戸麗市氏のものでもあるが、既に僕のものでもある。だから、何があっても必ず持っていく。

 住み込みで働いていた店は突然つぶれ、僕は本社に呼び出された。十数年前に同じことをしていた連中が肥り、だらだらと汗をかきながら、予定通り自分達の作ったシナリオ通りに僕を新しい店に配置、通告した。帰りの小田急線の中で僕はフルボリュームで“セルフポートレイト”を繰り返し繰り返しウォークマンで聴いた。その店を出る数日前、好きな女の娘と飲みに行った。帰り道、僕達はキスをした。そして感情をうまく伝えられないまま抱きしめようとした。最高の夜が最低の夜になった。“グローリー・デイズ”を聴くと彼女のことを今でも想い出す。新しい店に着くと店長が「いろいろあったな」といって一週間の夏休みをくれた。「いつ呼び出されてもいいように」とも言われた。僕は店に借りたボロボロの自転車で夏の夜、“THE仲井戸麗市BOOK”を買いに行った。僕が最初に買った86年10月号の○ッキング・オンに仲井戸麗市のインタビューが載っていた。このときチャボは渋谷陽一のことを「渋谷さん」と呼んでいるが、一体どういうことなのだろう? レコードに針を落とした最初の印象は「この曲メロディが無い」というものだった。

 高校の友人からバイクを借りて、三浦半島へ何も目的もなく遊びに行った。途中、道にまよってしまい、突然行き止りの門に書かれた

ものを読んでゾッとした。「久里浜燃焼」だと思っていたのだ。部屋に戻り歌詞を読むとそういうことだった。とんでもない曲だなと思った。友人が新車を買った。僕がカセットをセットすると、いきなりSTOPボタンを押されに止められてしまった。「レベッカのレコードある?」と大学の友人に聞かれ、「あるよ」と答えカセットを預り、チャボを録音した。そいつは次の日、「カビ…カビ…」と呟いていた。「清志郎よりいいな!」と言ってくれた別の友人は「特にラストから2曲目のバイオリンいいよ」と言っていた。よく遊びにくる仕事の後輩がRCも知らないのにチャボ曲をいつのまにか覚えていた。

 熱い部屋だった。悩味噌はいつも充血していた。仕事の奴等も、客の奴等も、大学の奴等も、そこらの酔払ってる奴等も、ただの通行人の奴等も、全て敵だった。そして自分自身も。
 熱い夏、窓を閉めきり、フルボリュームで聴くと部屋は赤と黒になった。
 カーステレオで、遊び疲れたあと、免許のない僕は助手席で様々なテールランプを見ながら、聴いた。一番聴いたレコードだ。仲井戸麗市だけのものではない。既に僕の一部でもある。だから必ず僕は持っていく。
 19歳だった。

 “絵”のとき、僕は何是かネクタイをしめていた。待ちに待ったアルバムもやはり素晴らしいものだった。会社を定時にあがると渋谷公会堂へ向かった。前回のライブが見れなかったので本当に何年来の期待のコンサートだった。まるで“絵”の世界のかなでた放浪の楽団がふらりとやってきて演奏したようだった。まさしくあの一瞬の入口への切符をいつでも持っているような。周りのギター少年達もじっと見つめていた。素晴らしかった。
 “Home Town”を聴くと頭の中で情景がうかぶ。緑のカフェまでカメラが空中(ジェファーソン・エアプレーン)から、ゆっくりと空気の流れに、ゆっくりと風に乗りながら、そのカフェへ近づいていく。ゆっくりと揺れながら、ゆっくりゆっくりとおりていくのである。アラビアのロレンスの砂漠のあの有名なショットのような早さで。“絵”は怒りがもう少し別の形に変化していた。
 当日券でパワーステーションの追加公演へ行った。開演が遅れて雨の中を待っているとき女の娘と話をしていた。「チャボのような考え方って、すごく解かるわ」と言ってくれたのを自分のように喜んでしまった。絵の勉強をしてるあのかわいい娘は元気だろうか?
 ローリング・ストーンズがやって来た。ポール・マッカートニーがやってきた。僕は会社の非常階段で私服に着替えるとコンサートばかり行っていた。スライダースの武道館の帰り、会社に忘れものを取りにいった。まだ上司は働いていた。その時、付き合っていた女の娘におおくぼさんの写真集「Mr.&Mrs.」をプレゼントした。こういう二人になろうねというつもりだったのだが、数ヶ月後にとんでもない結末となった。
 会社、新宿をうろついた。苛付いた。これが一生続くのか?

 “麗蘭”が動き出した。僕はビデオ会社に居た。

 概念ビートル。80年代などクソだった。きっと一番表面的には安定している時期だったのだろう。僕の好きなロックは色にたとえると黒い。黒人なんとかではなく、必ず闇があるような気がする。きいた音が古いせいなのか、ジャケットのイメージなのか、とりあえず真っ暗闇が永遠とも思える深さで横たわっている。
 がらがらへびのソロを見たとき恐くなった。「この人、凄えロックの人なんだ」と思った。
 ライブは仲井戸の音だと思った。チケットは会社の金を借りた。CDは土屋蘭丸がとてもよくがんばったと思う。仲井戸ソロとは似てるけど全く別の作品として仕上がった。パワーステーションで写真を撮った2人組の女の娘は元気だろうか? 帰り小便横丁でビールと餃子とタンメンを喰った。頭の中でライブの模様が繰り返された。

 仲井戸麗市から一冊の本が届けられた。
 読み終えたあと
落ち込んだ。

 たとえばビートルズのレコードを聴くと、その実際にきこえる音の向こう側にあの世界が突然現れたりする。とても不思議な世界が存在していることを感じてしまったりする。
 そしてそれは仲井戸麗市の世界だった。

あとがき  〜「架空想像本」後書き

 数ヶ月間のこの本の執筆がもうすぐ終わる。
 この本のテーマは感情である。僕個人の感情の軌跡をはっきり記しておきたかったのだ。
 一人の人間が生まれてから死ぬまで、一つの意思を貫くということは嘘である。時間や空間、それらに伴う様々な要素が、信じられないほど複雑に絡み合う。自己の成長、友人、知人、情報、メディア、政治、経済、生活、文化、環境、芸術、宗教、そんなものが生きている限り、無差別につきまとってくるのだ。それらを僕達は一つ一つ、意識的にも無意識的にも判断し、その瞬間、その瞬間を選択することを強いられている。
 そんな今に迫られ続ける人生を、何も影響されずに生き抜くことは不可能である。もし、自らの意志のみで行動している人間がいるとすれば、それは奇跡である。そして、その奇跡とは他人から見れば、気狂いというレッテルを貼られることを意味する。
 生きるというその行為が本当に難しい。特に僕などは大変それが下手なのだろうか、時々想像もつかないような落し穴にはまってしまう。そこに捕まってしまうと、生きることがとても面倒になってしまうのだ。意味があるのかどうかは知らないが、心底生きるということが無意味に感じられてくる。
 ただ、何もかもが消え去った真暗闇の落し穴で暫く過ごしていると、目が馴れてくるのか、一人でにやにやしている自分にふと気付くことがある。その気付いた自分が可笑しく、ましてその自分は何事もないように、にやにやとしているので、やたらと面白くなってきてしま

う。
 僕など、ただの若増であり、そんなものは落し穴でも暗闇でも何でもないという声も有るだろうが、その通りこれは僕の人生なのである。この後いつ、真の暗闇が口を開けて僕を待っているのか、誰にも判らないのだ。そこでこれを書いたのである。
 人間の記憶などとても曖昧で適当な上、最低なところである過去を美化して当時の怒りの忘却するというような、過ぎてしまえば云々というような、当然この本もそのウィルスにかなり蝕まれているが、とにかくそれを出来る限り、当時の感情で残しておきたかった。そして、この本は僕の現在の感情によって括られている。つまり、過去の自分を総括する意味に於いてこの本は僕の遺書でもあるのだ。
 話を戻す。人間は変わっていくものだ。細胞だって生れてからずっと同じものなど、きっとないはずだ。どれも生まれ変わっている。変化しているのだ。
 きっと後悔するのだろう、などという選択は数えきれないほど繰り返した。ただ、その時の、その判断の、その僕の頭の中は、今だったのだ。今、右か左か、先のことではない、その時、その場所で今の選択を突き付けられたのだ。
 未来などどんどん変わっていく。変わるなどという発想自体が本来あってはならないのだ。ただ、今を我夢者羅に突き進めばそれでいいのではないのだろうか。現在の僕はそう思う。
 そんな自分はいつもだらだらだけど…。
 さて、この先一体、あなたも私もどうなるのだろうか…?

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