誰かを責めるつもりは毛頭無いのだが、昨年(1990年)夏に受けた○ッキング・オン社社員募集は、僕の人生を一変させてしまった。本当だ。別に誰かを責めるとかの話では無いのだが、僕の生活、思考を変えてしまった。某音楽雑誌の編集長、名前は確か新宿陽一とか言ったな、そいつだけは糞味噌にしてやりたいと思っている。
中学校二年生の時、仲間の間で映画を観ることがとても盛んになった。(そういえば、この頃だな。ジョン・レノンが殺されたのは。)それで僕も初めて新宿の映画館へ行った。その馬鹿でかいスクリーンには、本当に驚かされた。映画なんて言えば、町映グリーンだったのだ。(たまに町映ローズもあったよ。)それが、突然あのスクリーンだぜ。もう完全にその迫力にノック・アウトされてしまった。それから高校三年生迄、そして今も、映画少年なのである。因みに、その映画館とは新宿ミラノ座である。思い出すねえブレード・ランナー。プラザの思い出はレイダースで、スカラ座はポルターガイストかな。東劇はフラッシュ・ダンスで、武蔵野館は幻魔大戦。それにしても、良く観てたと思う。バイトした金のほとんどが前売券になってたからなあ。
そのミラノ座で初めて観たというのが、スティーブ・マックイーンのハンターだった。彼の遺作である。スティーブ・マックイーンと言えばポール・ニューマンの顔を想い出す当時の僕は、ジェームス・ディーンと言うとジョン・ウェインの顔が浮かんでいた。映画が始まり、何でポール・ニューマンは中々、出てこないのだろう? と考え始め、あっあの人はポール・ニューマンだ、と思ったりした。何だスティーブ・マックイーンが死んだのか? でも、この人が僕を映画に導いたのだ。
高校の頃、休みになると映画少年は、友達と小田急線に乗っていた。これから映画を観ようというのだが、電車の中では何故か映画の話題は少なかった。その中心的な話題となっていたのは佐野元春vs甲斐バンドであったり、ビートルズの話であったりした。
ビートルズ。射殺され話題になったジョン・レノンが、僕をロックに導いたのだ。
僕のロック体験は非常に遅い。高校卒業後、報道関係の仕事をしながら大学へ通うという生活をしていた為、金、暇間共、余り恵まれていなかった。それで大好きな映画を観る回数が激減してしまったのだ。ビデオは? と思われるかも知れないが、その頃ビデオデッキを持っている友人等、僕の周りには本当の一握りしか居無かった。そして、ビデオ・レンタルもやっと出てきたという感じで、一本\1,000円もしたのである。僕には全然手が届かなかった。そこで僕は大学時代、割と安い貸レコード屋さんに行ったり(貸CDじゃ無いよ)、FMを聴いたり(これは高校の頃からだな)して、とにかく音楽を深く聴くようになっていった。
前の文章(「一九九一年のロックとは何か?」/○ッキング・オン社課題作文)にも書いているが、ロックなど宗教であり、魔法なのだ。僕の思考はそれ以降、どんどんその質の悪い宗教に毒されていった。そしてそれは真実だったのだ。
卒業後、有耶無耶を持ち乍ら、某○味○券印刷株式会社に永久就職する。大学時代、数少ない友人に助言された。「オ前にネクタイは似合わないよ」。同じような事が高校時代にもあった。甲斐真澄という方から、「映画をやれよ」と言われたのだ。これがつまり、有耶無耶なのだ。そして本人が、それを一番良く知っていた訳だ。
高校時代の助言は、正直、余り反省していない。何是かと言えば、あの時そのまま映画に進んでしまったら、これほどロックが僕の中で肉体化しなかったのでは、と思えるからだ。あのボケーっとした大学生活と怒りの報道の仕事などが合致して、僕はロックに目覚めていったと考えている。だが、そうやって目覚めて、僕はネクタイをしめて、AM9:00には市ヶ谷迄、通ったのだ。一回も遅刻をしないで、毎日毎日、総武線に揺られていたのだ。
勤務中も感じていた有耶無耶は、怒りに変化していった。余りに退屈な毎日が、僕には適していなかった。と思い込んでいたのかも知れない。しかし、結論はどうであれ、生理的に、常に僕は周りの人達とずれていた。僕は個人で、周りは大勢で、民主主義社会の中では僕は間違いなのだが、全くそんな意識は無かった。奴ら、何も解っちゃいない。
そんな時だ。大学時代から購読していた○ッキング・オンに社員募集の告知を見たのは。こんな納得できない社会から抜け出してやると、会社の非常階段で洋服に着替え、コンサートに行く少年は考えていた。
映画と音楽。僕が生まれて今に至る迄、この二つは、僕を育て導いてくれた。学校の教育ではない。親の躾ではない。勿論、生きてきたからには様々な影響を受けてきた訳だし、お世話になった方々も何人も想い浮べることができる。だが、なのだ。映画や音楽、それに本や画、これらは僕の基礎を形成した。他には何も譲れないのだ。そして、僕はそれに所属してというより、騙されていて、だから何かしなくてはいけないのだ。そうしないことには、僕は存在しない。
僕は友達が少ない。映画や音楽関係で? と思われるだろう。それが、そうは趣味の合う人間は、居るものではないんだ。そして、「趣味は音楽で」とか言う奴の好みは、本当にどう仕様も無いぐらい悪くて。と、他人を傷付けるのはやめよう。つまり結論を言えば、僕は解る人間なのだ。良いものが。良いもの、正しいものしか受け付けないのだ。それは人間関係には如実に表われてくる。僕は本物しか友人は作らない。そして作れないのだ。
音楽や映画の話になると、僕は相手の人が親しくない場合、異常とも思える程、警戒心を示す。探りを入れるのだ。自分に自信が無いと言えばそれ迄だが、下手な相槌で神聖なものを傷付けられたくないのだ。しかし、この歳迄、これは良くなかった。自分は正しいと言ったところで、自分の位置が全く見えていなかったのである。僕は口うるさい素人なのか、本当に本物の素晴らしい才能の持ち主なのか、自ら変てこなパラノイアであった。それが○ッキング・オンの応募により解明された。
○ッキング・オンだぜ。○ッキング・オン。あれだけ主張の激しい、マニアックな雑誌だぜ。買ってくるだけで、友達になりたくなっちゃうような奴らなのに、社員応募する奴なんか全く優れもので、ただの嫌な奴らだゼ。そこに1000人中の20人だったのだ。僕は。初めて僕は自分の位置を知った。しかも、落とされた理由も自分自身、解っているのだ。僕は、そうなのである。下らない悩みを抱えるべき人物では無いのだ。笑っちゃうけど。30歳迄に有名になるよ。そして裕子と暮らすのだ。ハッハッハッ。
結局、前回落ちて、僕は泥沼の中を泳いでいた。かなり悪ふざけの下品な泳ぎであった。多少、今も続いている。しかし、もう全ては僕の射程距離の中なのだ。
ポストカードをどうもありがとう。
中々、連絡が取れないので残念に思っている。
最後に逢ったのは、もう2年以上になるのかな? 江藤はどんな調子だろうか? 江藤のことだから僕は然程、心配はしていないのだけれど、逢えないのはとても寂しい。
僕の現在の状況を書こう。平成2年3月いっぱいで、僕は会社を辞めた。丸2年勤務したことになる。理由は、映画、音楽、詩etc.結局、それである。俗に言われる一般的な会社組織の中で、僕の一生を終わらせたくはないと思ったのだ。
会社2年目の夏、音楽雑誌“○ッキング・オン”の社員募集に応募した。作文審査を経て、面接。どうにか最終面接迄残ったのだが、そこで落ちてしまった。1000人中20人での場面だったのだ。採用は7名。実に惜しいことをした。
その後、仕事の見込みは何も無かったのだが、会社には辞表を提出し、3月いっぱいということで話をまとめて頂いた。
4月からは求人雑誌で見つけたビデオ制作の会社に入社。AD(助監督=雑用)をしていたが、5月に再び“○ッキング・オン”の募集を見つける。前回のこともあり、僕の頭はそちらへ向いてしまう。ビデオの仕事に関しては、コンピュータなど商品宣伝の企業物ビデオ中心であり、納得できず、社長に相談。作品論、給与の面で話をするが和解せず、僕の一方的な判断で6月下旬に辞めさせて頂いた。そして、6月末締切りの応募課題作文を書き上げた。
7月末の期日になっても返答は無かった。電話で問い合わせたところ、既に面接が始まっているらしく、「不採用通知が何通か戻ってきてはいるが、一次面接の人達、全て来られたので、残念ながら不採用だと思われる」とのことだった。
7月は資材運びや仕分けのバイトなどをして暮らし、8月に入るとすべてが嫌になってしまった。精神的であろうが、体は動かなくなり、僕はダウンした(と思ってる)。二週間、秦野の実家の方へ行き、何もせず本を読んで暮らした。もう何もしたくなかった。
毎度のことだが、計画というものを立てず、気付けばもう24歳なのだ。とても弱気になった。
音楽、映画はやはり聴くものだし、観るものかなあ
−それが嫌で会社を辞めたんだろ!
借金もひどいし、金も稼がないとなあ
−そりゃそうだ、でも覚悟したんだろ!
三月迄に納得した仕事を見つけるんだろ!
結局、何もできないし、才能が無いからなあ
−ならば、人の作品を批判するな!
一日中、この問答の繰返しだ。堂々巡り、何も先へ進まない。今、必要なのは思考ではなく行動。そして僕は、僕自身がノーマルになることを、じっと全てがある程度流れ去ることを待っている。行動なのは解っているが、誰とも会いたくなかった。そして、結局親とももめ、がんばれと言われ登戸へ戻った。
一週間経ったがまだ何もしていない。方向性をもとめている。結局、求めているものは“作品”だ。今、仕事の問題から、やりたいことは何か、になっている。やりたいことの為の生活なのか?
バンドもやりたい、映画もやりたい、文章や詩も書きたい。書いているのだが、そう、納得いかない。この煮詰まりなのだ。
又、商品なのか、作品なのか、共通すればいいが、とりあえず作品だ。これだ。これだけだ。アマチュアリズムで貫く。
生活もある。しかし、少なくとも納得した仕事をしたい、つまりこれ関連。そういうことだ。
僕達は様々なでき事をくぐり抜け、感化され、影響され、思考し、生きてきた。そして、その総ては真実であり、そして偽りでもある。現在の自分という人間は、それらを選び抜き、自分を形作っていった自分自身なのだ。
存在理由−自分が自分で在り続けること。自分自身に忠実に生きぬくこと。自らを信じ抜くこと。そのとき初めて僕自身の存在理由が成立する。
人々はそのことを夢と呼び、否定的な対応をする。勢い付いたときは、彼らを何も解ってないと罵り、弱気なときはそうなのかなあと思う。
しかし、時は流れていく。本当に信じられない程の目まぐるしさで、僕は時々とまどってしまう。
全ての物事は混乱している。少なくとも僕にはそう映る。もっと人間
とは単純なものではないのだろうか? 僕はそう想う。そう想いたい。
一体、俺に何ができるのだろう? −何でもできる、全て可能なのさ!
反抗の眼をした僕ではなく、悟りを開くときの眼になって、江藤と会ってまた酒を飲みたい。
まぁ、30歳迄に確立するつもりなんだ。それまではこの調子さ!
お互い、どんな人間になっているんだろう? とても楽しみだ。
この手紙も届くのかな? この4月から江藤は就職かなと思っていたけれど、ポストカードに“航海科”って書いてあったからな。少し現状を書け! 全く解ってないぞ! 突然、留守電に“今、晴海に居ます。明日、シアトルです”は、無いだろう。少なくても、2、3日前には連絡してくれよ!
少し音楽のこと書こうか?
僕達80年代に育った人間にとって、現役のロックは皆無に等しかった。ビートルズで始まり、パンク・ピストルズで、ロックは本当に死んでしまったんだ。年代で言うと60〜70年代後期。たったこの20年弱の間に、ロックは誕生し、異常とも思える速度で進化、そして解体してしまったんだ。だから僕達の80年代は、ロックにとってまる
っきりの空白の時代を過ごしていたことになる。
そして90年代。この80年代に苛々していた僕達の年代が、自分達で演奏する時代となったんだ。それが本当に魔法をかけられたようだった。ロックが、とても純粋にロックとして表現しているんだ。ガンズン・ローゼスやリヴィイング・カラーも、そんな一派なんだ。それらの音に共通しているのは、結局それぞれの思い込みの音への回
帰なんだけど、それを自分達の音にして演っているところが、とても斬新で、ロックなんだ。とにかく、今のロック・シーンの新人達は面白いよ。
何枚かピック・アップしておくから、よかったら聴いてね。
・ソニック・ユース“Goo”
・ダイナソーJr“グリーン・マインド”
・レニー・グラヴィッツ“ママ・セッド”
・ライド“ノーホエア”
他にイギリスはストーン・ローゼスとか、ハッピー・マンデーズとかあるけど、レ コードよりライブの方が全然良かったです。
日本の新人バンドも面白い。
・ニューエスト・モデル“ソウル・サバイバー”“クロスブリード・パーク”
・メスカリン・ドライヴ“イデオロギー・クッキング”
・フリッパーズ・ギター
あとweedってバンド、イカ天でみたんだけど期待できるよ。
あと前の話と何の関係もないんだけど、もしミュージシャンを1人選べと言われた
ら、という人を紹介しよう。−仲井戸麗市
現在活動を休止しているRCサクセションのギタリストで、その空白の80年代のと
き、現在の音として僕を何ども救ってくれた恩人だ。○ッキング・オンというのも、
この人に会いたかったからだったんだけどね。勿論、RCでギター弾いてるし、何曲
かは入っているけど、ソロも出しているからそちらを紹介しよう。そして今回新譜が
出るんだ。
ストリート・スライダースのギタリスト、土屋公平(蘭丸)とユニットを組んだ
“麗蘭”。全国のライブハウスまわって活動中止の予定だったんだけど、評判が良く
てね。僕は前売券が買えずあきらめていたんだけど、仕事中たまたまライブハウスの
前通ったら、丁度その日で、まして当日券50枚をNo.49で、本当に奇跡的に買って、会
社には「今日、直帰します」だって。
僕が今迄観たライブで、そんな感じじゃなくて、生きてて良かったととても素直に
思った。とてもやさしくて、ハードで、「まだまだガキだよ」って言われたような。
それで次の日、ビデオ会社は社長に言ったって訳さ。
その麗蘭のCD発売が決まって、是非、聴てみてほしい。ブルースやR&Bを軸に
ロックあり、レゲエのエッセンスが加えられている。ギター二本にベース、パーカッ
ションという変則的なへんせいが、とてもアコースティックで、音楽の歴史をゆうべ
んに語ってくれるんだ。詩もいい! ちなみに9月下旬かな。
それとは別で仲井戸麗市のソロ。“THE 仲井戸麗市BOOK”“絵”。
そして今回、麗蘭は“音楽”だった。本当に素晴らしいよ、聴いてみて。
他人には絶対に知られてはいけない自分がある。他人には解ってもらってはこまる、自分だけの自分が居る。仲井戸麗市というミュージシャンはそれを、その自分自身を提出するミュージシャンだ。
解説)「自分自身が強い上、その自分というスタンスにどう向き合うか? −問題は別にその秘密ではない。それがあるんだ! それと戦っているんだ! という定義をもちかけてくる奴なのだ。例えば清志にそれはない。本人もないと思っているかもしれないが、それはない!!」
他人に対してだの、どうだのではないが、例えば今回の仲井戸と逆だったのがジョン・レノンである。
その常々の感情を出すことに自分を現していた。ビートルズのアイドル性、そしてヘルプの発言。
仲井戸のソロでジョンの魂だったのだ。
ソロのコンサート会場、「わかる気がする」とリンコと山口富士夫のファンで絵の学校の女の子。
麗蘭のコンサート。仲井戸vs土屋でギターがうまくてビックリした。
土屋である。そして仲井戸、開放。ソロ自らの否定。音楽・ミュージックである。
滅茶苦茶にきれている。少女達へが少女だけではない少年もだ、23の頃の俺は涙を流した。
仲井戸の時代性はスリルだ!
本物が何なのかの定義はできないが、とりあえず本物なのかどうかはわかる。
麗蘭を聴いたあと、資本主義株式会社のTVを何のいらつきもなく、ながめることができた。
そして文句を言っている自分なども、それが嘘であることを見抜けた。解った。
きっと本物を定義しているのだろう。
麗蘭は本物のポップアルバムである。
裏が見えてしまう自分がいる。裏は確かに必要なのかもしれない。しかし「裏」を「裏だよ」といいながら、その本物を見せた。
前回のスライダースはよくなかった、本当に。土屋公平、よくやった。そして仲井戸。
RCでの仲井戸の楽曲とソロは違う。ウグイスでと思っていた。シングル(ビデオ1番)ミュージックが、え! だった。
仲井戸ではない。しかし、ふと感じた。麗蘭とはそれだったのだ。
15離れている歴史はうつっている。仲井戸の??は今迄黙っていたが、俺なのだ。
セールスもきっといいだろう!!
JAPAN の影響は本当にでかいぞ!
BOOKの時の俺は寂しかった。しかし、きっと寂しくない奴も麗蘭は買うだろう。
そして、きっといいことだと思う。
そしてつけ加えておく。
絵も音も映画も文字も芸術が目指しているものはそれぞれの方向があり、そして全てが一つなのだ。
仲井戸とは結局、自分自身のいらつきと向き合っている人間だ。
自分自身など一番逃げ道を知っているのだ。それに対する自分を理想の自分に近付ける為、己と戦うのだ。仲井戸はそれを具体化している人間だ。だからスリルを感じる。
正直言って、ドロ沼も見たかった気もしないでもないけど、きっと次
のソロはスケールのでかい(それが実は小さいんだけど)、ごちゃまぜの正しいアルバムだろうな!
そして、それと同時に仲井戸は正しいユメの世界へ隠居してもらって、俺がでるわけだ。そして悩むと俺は教えをこいにチャボの墓の世界へ足を運ぶことになるだろう。
とりあえずオネデトウ。仲井戸麗市さん。
とにかくバンド名が素晴らしい。それぞれ、その一語をとり入れた二人のセンスが素晴らしい
動かなくてもいい時代なのだ。しかし本当にいらついた。麗蘭にかんしては!
ポップ。土屋のスライダースの影響で、スライダースだったんだなあと思った。
と同時に、村越のソロってどんなんだろうってとても思った。
きっとJOY-POPSでさえ、村越じゃないんだろうなって。
やさしそうなパンク・ロック少年達を横目で見ながら笑ってやろう。
でもいつもどっかであこがれてる、あこがれてる。
自分など消してくれ。純粋に影響してくれれば、俺も今頃、ある程度だったのに。
何て思った俺がいる。笑っちゃうね、笑っちゃうね。
昨日見た夢は面白かった。俺が考えてた物語より面白かった。そのまま素直につかっちゃえばと思うけど。恐がっちゃう俺さ。自信が消えていってしまう。何て思った俺が居る。笑っちゃうね、笑っちゃうね。
つえもタイヤも別にいらない。全く欲しくない。でもそれが無いと自信がない。笑っちゃうね、笑っちゃうね。
蘭丸のボーカル、ドキッとしたはずだ。
仲井戸の詩と蘭丸の声、ビックリだ!!
清志の夢=道化師
めぐみにさそわれて、3vs3であって、めぐみと1vs1じゃなくて、こわくさせて、たのんで、まして何かと、それも困って、たよられてる。
友達もよろこんでるなと思ったけど、実は全然思ってなくて、帰りに二次会行こうと、俺は友人を誘う。断る友達、帰るという。調子よかったから(俺)、友達にタックルして、ひきとめようとする。しかし友人は改札に入ってしまう。
手には奴の靴下。あいつは気にせず帰ってしまう。そんな時、彼女達、3人も消えてた。残ろうと思ったのは俺1人。ラリった奴らの街中を俺は1人、肩落として、清志の広き通りつらぬいた。道化師を見つめてる。
絵のB面一曲目が挽歌へと変化している。商品にできたんだ! それは凄い!
ほとんど無理と思えるジョンの魂をポップ・チューンしたのだ。それがこのCD、麗蘭。
例えばロック・スターにしろ、まんがや映画のキャラクターにしろ、その受け手のイメージが一人立ちしてしまう。しかし仲井戸にそのイメージはない。だから素晴らしいのだ。しかし資本主義の中で泳いでいるんだ。
麗蘭のライブをみたとき、ソロの完成形とみた。しかし、CDにより違ったのだ。この3作の違いがすごかった。ただの4年、年ではない。が、今回のCDによりわかった! ソロをおいたのだ!! 別として自分がいるのだ、ということは! ソロが…! ハッハッハッ