あらゆる世界の月とカビ 池田さんへの手紙 1994/07
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 久し振りです。お元気ですか? いつも楽しくハガキを読ませて貰っています。
 僕自身、ワープロに向かうのは久し振りで、一月ぐらい経つのでしょうか。狭い日本でも色々あるのですよ、これが。
 日本の情勢等の情報は入るのですか? 新生党の羽田党首が総理大臣になったのは御存知でしょうか? それが現在では社会党の村山委員長が総理大臣になっています。相変わらず何が何だか分かりません。まあ、いいや。
 初めに色々と書いてしまえば、現在の僕の住所は、○京○世○谷○上○沢*-*-*○イ○ピ○グ○イ○103号です。相変わらず何が何だか良く分かりません。電話番号は**-****-****です。国際電話でかけて来て下さい。勿論、料金はそちら持ちです。場所は京王線の上北沢、もしくは桜上水です。甲州街道と環八の交差点より新宿寄り、京王線との間の密集地です。これぞ正しくジャパニーズ・ライフ・スタイル。まあ、どうでもいいや。木造アパートをリフォームした贋ワンルーム、窓も無く不満は残りますが、それなりに快適に過ごしています。因みに大家は沖縄の人で、関係ないか。
 それにしても、この長期間で予算の1/4の消化というのは驚きです。ジャパニーズ・マネーの力でしょうか? 勿論それだけではないのでしょうし、いくら持参したのかも分かりませんが、単純に計算してもまだまだ楽に半年以上の旅は続けられる訳ですね、羨ましいです。
 旅をしてみてどうですか? 単純に世界は広いのでしょうか? 実際に各国を周ってみて、やはり世界は大きいのでしょうか? 遠いような近いような、広いような狭いような、不思議な感覚でいつも拝読させて貰っています。

 それにしても正直笑いました。あれだけ慎重肌の池田さんが文通をしようとは。安直過ぎやしませんか? しかも坂本、村上を例に出して行動を起こすとは。興奮しているんだなあと、興奮なんかしてないか。まあどちらにしても僕自身、刺激を受けたという訳です。こういうことはガンガンやりましょう。

 さて、何を書いていいのやら。その前に最近の心得を記しておきます。“いつから始めても遅くない”“俺達はもう充分に悩み抜いたんだ”これは、シナリオ『あらゆる世界の月とカビ』の第二稿(骨組みは同じで、別物を新たに始めています)で、思い付いた感覚です。誰かが言った言葉でオリジナルではありませんが、登場人物達にそれを背負わせ、僕自身が共感できた、そんな感触をもった言葉です。
 シナリオの方は毎度の通り、思い込みだけでストーリーが運ばず糞詰まっていますが、もう期限なしの覚悟で、のんびりと進めていくつもりです。

 日本を離れたその日か、その翌日、とにかく4月8日にニルヴァーナのカート・コバーンの遺体が発見されました。猟銃で頭を打ち抜いたそうです。自殺です。正直、キマシタ。参りました。と言って、僕が参っても仕様がないので、適当にやり過ごしました。
 このことを『フリーファイル』用に書きましたので、一緒に御送りします。因みにフリーファイルは無期休刊にしました。面白くないからです。面白くなったらまたやります。

あり得る絶望とあり得ぬ涅槃 ―Kurt Cobain/NIRVANA 追悼

 1994年4月8日、ニルヴァーナのカート・コバーンが自殺した。そういうことらしい。そういうことなのだろう。
 一週間の行方不明の後、自室の海が見渡せる窓に向かって座り、拳銃を頸部に当て引金を引いたらしい。顔面は吹き飛び、誰だが全く判らなかったそうだ。第一発見者は郵便屋だか何だかで、まあどうでもいい。
 大体、初めからこういうことなのだ。結局、解決などもう何処にもないことを皆知っている。この時間の中に生きるからには、すべてを終わらせることぐらいしか、やり方は残っていないのだ。ニルヴァーナはそれを知っていたバンドであり、ニルヴァーナでなくても、ここら辺りを彷徨ってる奴等、俺達が結局そうなのだ。至極当然のありふれたやり方で、至極当然に終わっただけのことなのだ。ただ、それだけのことだ。やはりこんなものなのだろう。
「ニルヴァーナ、聴いてたか?」と友人Mが電話をかけてきた。俺は寝転んでテレビを見ていた。Mは得意気に新聞記事を読み続けた。「今後の活動については何も書かれていない」などと全く的外れなことを偉そうに自慢気に喋っていた。こんな記事は只の事件なのだ。只の暇潰しなのだ。そんなものだろう。所詮そんなものだ。そして全くその通りなのだ。
 ショックだの悲しみだのより以前に、「やったか!」というのが初めの印象だった。『ネバーマインド』の爆発的なセールス。その後の不可解な一連の行動。『イン・ユーテロ』に於ける粗削りな音と絶望的な歌詞。それらの最終的な結論に興奮した。そう、期待していたのだ。ついに期待通りになったのだ。が、直ぐに覚めてしまった。そうやって引き擦り注目させながら、結果は予定調和のありふれたものでしかなかった。新たなドンデン返しも、想像もつかないような解決策もやはりなかった。まるで自然死のような自殺じゃないか! 結局そうなのだ。そしてそれは俺達自身にも当てはまることなのだ。

 CDを聴こうとデッキを開ける。既にそこにはオレンジ色のディスクが入っていた。ワープロに向かう度、最近ずっと聴いていたのだ。
 映画のシナリオを書いている。第一稿と呼ぶには程遠い、不満足な出来のものだが、枚数だけは書き上げた。素人のマスターベーションで読者には不評だったが、結局何が言いたかったのかと言えば、つまりこれなのだ。
 生きる目的など何もない。金を得たいのか? 得てどうする? 名声が欲しいのか? それからどうする? 静かに暮らしたいのか? 死ぬまで続けることが出来るのか? ありふれた快楽や欲望などに存在価値を見出すことが出来るはずがない。生きる理由など初めからないのだ。無いものねだりの、有りもの要らないだ。そんなことばかりを考えている俺は一体何者なのか?
 すべてを放棄することなら出来る。それだけが自分らしい行動だ。見知らぬ土地で、何もかもを失った気分で車を走らせている。曲が流れている。終わりだ。カセットを替えれば車は電柱に激突する。それで別に世界が変わる訳でもない。別にどうなる訳でもない。でもいいじゃないか、それで。
 そんな最後の曲が“オール・アポロジーズ”だ。だから言ったろ! ニルヴァーナは素晴らしいって!

こんな俺じゃなくて他にどんな人間になれって言うんだ?/そうさ ただの言い訳さ/何が他に言えるって言うんだ?/みんなゲイだ/他に何が書けるって言うんだ?/権利なんて俺には何もないよ/こんな人間じゃなくて どんな人間になれって言うんだ?/悪かったな そうさ ただの言い訳だよ

太陽の光の下 日の光の下 俺はひとつになった気分/太陽の光の中 日の光の中 俺は結婚して埋葬されるだけ

俺もお前みたいだったら良かったのに/些細なことでもすぐ面白がる/刺激の塊を見つけ出すのさ/すべての出来事は俺の責任/あらゆる侮辱で俺を責め立ててくれよ/恥辱だらけで泡立つ波/燃え上がる冷凍庫での凍傷/彼女の敵のしかばねの灰の中に埋もれて そのまま窒息

俺達みんな 何ものにも勝るかけがえのない存在のはずなんだ

(オール・アポロジーズ/中川五郎訳・意訳修正)

 グランジだの、世代論だの、何だのと書くつもりだったが、もう面倒だ。
 二、三日は確かに落ち込んだ。でもそんなものだ。別に後を追う訳でもない。飯を喰って、糞をすれば忘れちまう。そんなものだ。
 ジョン・レノンのシリアスさなど、どこにもない。さらさらない。ホールの新譜が評判がいい。そんなものだ。そんなものなんだ。
 俺は一人でボーリングをやり続け、ジュークボックスでニルヴァーナをかける。隣の親父が笑いやがる。OK。OK。これでいいい。

 別にどうでもいい。俺に似ているベクトルの奴が先にくたばった、それだけのことだ。どうでもいい。そういうことだ。別にどうでもいいことなんだ。

 秦野のビデオ会社は早々に辞めました。研修期間満了で社員契約という時期でした。もう遠い昔のことのようです。只、ビデオカメラと編集機をいじり、何やらが蘇って来てしまいました。特に最後にやったKENWOODの販促VPは、久々の現場体験で、技術スタッフを外注でこなし、ディレクターはブライダル屋というとんでもない状況の下、当然僕は一人勝手に盛り上がる訳です。血が騒いでしまいました。因みに秦野のビデオ会社にとって初の企業用ビデオの仕事でした。

 とにかく現場が面白かったことや、外注スタッフから誘われたことなど、またビデオをやってみるか、という感じになっていきました。そして職を探し始めた訳です。
 これが落ちる、落ちる。いくら不景気とは言え、いくら履歴が悲惨だとは言え、本当に落ちまくりました。その数、十何社か。そりゃないだろ状態です。
 それら落ちた会社の中で、本当に魅かれ悔しかったのは、ラウンジ・リザースのライブ・フィルムを撮った会社と、NHKのディレクター集団で作ったドキュメンタリーの会社の2つでした。前者の方は西麻布のお洒落系で、パルコのCMやファッションショーなど、ビデオ50%、フィルム50%で制作している会社でした。NHKの方は世界の動物ドキュメンタリー制作が主な仕事で、どちらも結局落ちました。
 後は別に覚えていない会社です。どこに履歴書を送ったのかさえ、よく分かっていないような状況でした。落ちる、落ちるで1ヶ月、また無職、密室状態。どうにかなるさと能天気気取って、世間の意見を無視し続け、ちゃらんぽらんに過ごしました。

 で、決まったのが、現在勤めている“○リムゾン”です。“○ュアー”の次は“○リムゾン”。動機はご想像の通りです。社名だけで受けました。この怪しげな会社はCD-ROMの制作会社で、映像経験者ということで面接を受け、翌日採用、翌々日勤務という計画性全く無しの名実共に訳の分からない、適当な会社です。
 またここに入る前に、“恵まれないビデオ制作者に愛の手を”のフリースタッフの会社にも登録し、CATVの仕事を紹介され面接しましたが、それも落ちました。実はそれはどうでもいいことで、その時担当してくれた派遣会社の女の子をこの前誘ったという訳です。結果は後日報告します。その時、業界の現状を聞いてみると、CD-ROMの映像担当が求められているということでした。
 で、とにかくCD-ROMです。果たしてこいつは、一体何者なのでしょうか? 未だによく分かりません。

 まだコピー機もない出来立ての会社(色々な過去が有り、借りることさえ出来ないのです。因みに会社の代表二人は自称、他称共にデジタル詐欺師、またはハイテク詐欺師と呼ばれています)ですが、バックに○ずき出版という聞いたこともない出版社が50%を出資し、まだ成熟していないCD-ROM産業で儲けようという企みのようです。
 結局、成熟していないということはプロフェッショナルと呼ばれる人が存在していない訳で、本当に様々な経歴出身者達が集まってきています。
 不思議なのは、只の偶然なのだろうけれど、そして今年はきっと何かあるぞ、と思ってもいたのだけれど、受かった日だか、勤務初日の日だかが、○ュアーの最終日なのです。つまり謎の空白/フリーターをきっちり丸3年で終えてしまったということになります。そのことに意味が有るのか無いのかは別にして、雑誌の占いなどをすぐに見てしまう僕としては、ナルホドと何かとても凄いことでも発見したように感動してしまいました。
 で、僕の仕事ですが、ディレクターのアシスタントなのでしょうが、ディレクター4人がすべてフリーの人達なので、会社の代表的な立場もあり、多少格が上のようです。現在、名刺を作って貰っていますが、肩書きはそのものずばり“ディレクター”となる予定です。因みにその本当のディレクター達は、クリエイティブ・ディレクターと呼ばれています。
 CD-ROMとは結局、あのCD盤に映像、音、写真、文字、プログラムなどをぶち込み、一本の作品・商品として、またそれが、ゲーム、図鑑、映画などと一括りに中々出来ないのですが、それをコンピュータで再生、楽しむという訳です。CDはフロッピー・ディスクのでかい奴で、コンピュータはファミコンの凄い奴な訳です。

 そこで仕事ですが、スケジュール管理に始まり、制作進行的な役割もこなしています。デザイナーに画面を工夫してもらい、サウンドマンに音を用意してもらい、スチールやビデオの撮影ならば当然ADとなり、それら素材をコンピュータ用の信号に変換して、最後にプログラマーに渡すというものです。まだ手掛けていませんが、制作費の管理も含まれてくるようです。で、ディレクターが外の人達なので、社内的にデジタル詐欺師達との繋がりなど、諸々が出てくる訳です。
 先にも書きましたが業種が新しい上、トータルにコーディネイトする人達が未だ現れていません。ディレクターさえ、舞台監督出身や広告代理店の出身者達です。本当に皆、バラバラです。僕にしてみれば映像出身者になるのでしょうが、コンピュータが使えない。一番理解しているプログラマー達でさえ素材の作り方が分からない。もう専門職の寄せ集め状態です。そこに一本の流れを管理していくのが僕と同僚の二人(同期で同じ歳)なのです。考えてみると出版の編集者の仕事の似ていなくもありません。それぞれの日程を急かしたり、煽ったり、謝ったり、トータルに一本を俯瞰状態で眺めていると、次には煽りになっていたり、とにかく忙しなく働き続けています。映像以外は未だ未経験の分、指示は出せませんし、逆に映像に関しては多少の知識が先に出しゃばってしまいます。会社側の運営法や制作の進行自体もまだ手探りの状態なので、ひたすら推し進めて行くだけの感じです。
 ずっと不眠症や鬱病気味でしたが、今は何とか眠れるし、糞もよく出ます。女の子も周りに数人居て、馬鹿みたいにわめいています。ただ性欲だけは未だ湧きません。

 そんな忙しさで自分を忘れ我武者羅にやっていますが、ここ数日少し仕事も落ち着き、そんなリズムに馴れ始め、やばいかなと考えている(また下らないことを色々考え出していまうのかな、と思っている)今日この頃です。まあ仕事を覚える迄はどうにか楽しめそうな気がしています。
 勤務地は現在目黒ですが、明日移転して御茶ノ水になります。この辺も本当に流動的なのです。そんな訳でアパートも、借りたのは良いものの、まだ部屋でくつろいだことが有りません。帰国したら是非遊びに来て下さい。
 あと仕事関連ですが、ビデオに関して現在、外に頼っています(演出も含めて!)。真面目な話です。池田さんが戻って来られたら一緒に仕事が出来る土壌です。実際、今手掛けているアダルト物の編集は僕がやりました。そんなノリです。内部にビデオ出身の人間が居ないのでいきなりの担当です。外の業者というのは、現場で撮影、監督だけをして、編集はこちらというものでした。何故そうなったかと言うと、ビデオ編集という工程を誰も知らなかったからです。本当です。いきなり編集室を手配し、缶詰状態、そのまま偉そうに踏反りかえってしまいましたが、皆それぞれのテリトリー以外を掴めていないのです。
 正直、早くもスタッフ達と揉め、警告も発せられていますが、面白いです、仕事が。デジタル詐欺師達もインチキ臭さ100%で興味深く、この先どうなるか全く見えていないのですが、日々興奮しています。
 池田さんが戻って来る頃、僕がまだ仕事を続けて居たら、本当にやりましょう。制作費の管理も僕の仕事ですから。

 ブランキーの新譜は聴きましたか? 何てね。
 各誌、評判が悪いです。悪い訳では当然ないのですが、失速してるだの、何だかんだわめいています。おそらく池田さんもそのタイプでしょう。今回はそういうアルバムです。彼等がイメージしているブランキーも分かります。しかし違うのです。はっきりと記せば個人的な最高傑作です。

 1stは置いておくとして、おそらくブランキーと言えば『BANG!!』でしょう。分かります。ただ僕にはきつ過ぎた。少年性というか、不良性というか、エネルギーがみなぎり過ぎているのです。その点3rdは、その意志が受け入れられ、土壌が出来上がった上でのブランキーなので、余裕があるというか、スリルがないというか、成熟されてしまった音でした。で、今回ですが、『メタル・ムーン』の延長線上、何だこれは、と思ったその謎がやっと分かりました。暗い! 静か! いやあ素晴らしい!
 『BANG!!』は草原に一本の木があって、そこに縛り付けられたまま、どこからともなくナイフが何万本も飛んで来るような怖さがありましたが、今回の『幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする』ではナイフなど飛んで来ない代わりに、ただ縛り付けられたままなのです。その沈黙の怖さというか、それらしく書けば、身動きが取れない状況で、足元の草がゆっくりと伸びて来て、肌を切り刻む、そんなイメージが有ります。
 ブランキーの疾走し続ける感じというか、純粋な反抗性というような、これまで受け入れられてきたそれらが魅力であることは正しいし、その通りなのですが、それがすべてじゃないだろう(本当はそれがすべてなのだけれど)と思ってしまう僕には、これだよ、これと感じてしまう訳です。今回のアルバムは大人の視点で作られていて、ただ反抗するだけでなく、現実を現実的に見つめたアルバムなのです。やっと世の中に向き合ってくれたか、と僕は大喜びで、それはもう何回も何回も繰り返し状態で聴き続けました。真面目で正直な音なんだ、これが。“青い花”という浅井曰く、「ヒット曲狙い」という身も蓋もないそのラストの曲を迎える時、本当に良いバンドだなあ、と幸せになる訳です。

 後はBECKです! BECK! もう、これで本当に決まりだろう、いい加減!

 ビデオカメラを手にしてからというもの、写真集が気になりだしています。何事も王道を突き進もうとする僕は、まずロバート・フランクの『アメリカンズ』を手に入れました。しかし、これが日本版、よりによって出版元は宝島社で背表紙が最低! まあ、いいや。
 で、何が良いかって、デジャブという雑誌のラリー・クラーク特集。ラリー・クラーク! ラリー・クラーク! ラリー・クラーク! これだ、これ! 良い! これは良い! 素晴らしい! 本当に!

何かがやはり終わったのだ 本当にもう何もないのだ
何もないからみんな怒ったり笑ったり泣いたりするのだ
諦めではなく認識だ 別にそんな言葉に違いなんてない

生きてることに意味などないし 死ぬことなんて価値さえない
考えていることが楽しいだけであって
考えることに意味などない
考え続けていたら 結局何も浮かばないのだ
当たり前だ 今まで充分悩み続けたのだから

別にいつから始めようが遅くはない
別にいつから辞めようが早くもない
目の前の女とただ笑いたいだけなのだ

さて 何が何だかわからない
やっぱり 何が何だかわからない
別にもういいのさ そんなことは
わからないことはわからないままにしてあげるべきなのさ

書き足します。
正直、文章って奴から離れていました。嫌ですね。こいつは。
考えるのではなく走っていたいのですが、やはりこいつは考えさせます。

今回書いてみて、そして読んでみて、どうもしっくりこないのです。
まだまだ、というより、全く、すべてに考えているのです。
実際の自分の行動と違う、本性側の脳味噌で話をしているようです。まして、その本性側さえ、しっくり来ないのです。そんな、どうでもいいようなことを、今更、尚更、つい考えているのです。ああ、嫌だ嫌だ。

昨日、多摩川の花火大会に行って来ました。
朝から考えている自分が居ました。
何を考えていたかと言うと、会社の誘いの集まりだったということです。
御存知のように、休日をさいてまで会社の人間と会うような自分ではないのですが、本当に平気で行ってしまうのです。
どういう説明も、言い訳も、何もなく、楽しそうに感じてしまうのです。
そして実際、楽しいのですが(夜の大空がスクリーンになっていました)、ただ頭のどこかで、俺はこれでいいのかというような思考が働いているのも事実なのです。
それを朝から考え続けていたのです。
余りにも下らない話なのですが、このまま続けていくつもりなのです、本当に。
どうでもいいさ、と素直に笑ってみたい、そんな現在です。

さあ池田さん、果敢無き生き様を楽しみましょう!
純粋な自分自身を開拓していこうではありませんか!
何が何だか分からない、とりとめのない文章ですが、とにかく! 写真を一杯撮って来て下さい。楽しみにしています。お互いどうにかやって行きましょう!
乱筆、乱文、失礼しました、と書くつもりだったけど、我ながらやはり素晴らしいので、と書くつもりだったけれど、何を書いているのか、さっぱり分からない。まあ許して下さい。

では、お元気で。御返事、御待ちしています。

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