あらゆる世界の月とカビ あらゆる世界の月とカビ 1994/04
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○路上

この先これがずっと続いていくんだ! そう考えると気が狂いそうに、発作を起こしそうになってしまう。開放するんだ! すべて。こんな辛い状態、きつい状況、狂った現状、何もない将来! 最低だ! 海へ向かい飛ばす俺達、助手席で酒を飲んでいるのが友人の吉岡(28)だ。奴はもうすぐアメリカへ渡る。今日までFM局のディレクターをしていたが、突然辞表を提出した。理由は分らない。が、とても共感することができる。賢く日常と折り合いを付けながら見事に欲望を手に入れやがった。同指向型の奴って訳だ。今宵の狂乱、徹底的にラリパッパだ。吉岡が俺にボトルを渡す。ハンドル片手にラッパ飲み。もう俺達はさっきからとっくに泥酔状態に陥っているんだ。こんな状態の下らない会話は、何でこんなに滅茶苦茶愉快なんだ! 投げやりな狂喜! 破滅的な狂気! 捨て身の饗宴、無謀な快楽! 先などはない! 今だ! 今現在なんだ! 俺は沢村透(27)、刺激至上主義者だ!

○防波堤

暗闇の海には他に誰も居ない。ぽっかりと浮かぶ月と波音だけ。俺達は飲み続ける。この退屈な日常をどうやり過ごすかを考えているんだ。奴はアメリカですべてをゼロからやることにした。じゃあ俺は? どうした、自分自身を開放できるのか? 現状など何もないが、将来などもっと何もない。俺は一体何をしたいのか? 不思議な夜だ。俺達、いや俺だけだな、吉岡には行くべき場所がある、俺だけだ。世界から取り残されたような、漂流者になったような気分だ。誰もいない世界で一人、傍観者を気取っている。混乱した頭で不思議と慌てず、落ち着いて物事を考え捕えている。本当は単に酔い潰れているだけなのだが、俺は真面目に考えている。奴も真面目にヒントを与えてくれる。当然、答えなどどこにもない。そんなことは知っている。考えれば考える程、答えは遠ざかっていくんだ。霧も出ていないのに五里霧中状態だぜ! 当り前だ、何を悩んでいるのかさえ、さっぱり分っていないんだから。しかし、せめて将来だけでも救済が欲しいんだ。苛着かずにやり過ごせる方法を。月が美しく輝いている。こんな退屈、みんなどうやって過ごしているって言うんだ?

○工場・作業場

油にまみれ、何食わぬ顔でいつも通りに仕事をしている。下らない単純な作業だ。一緒に働く奴等がチラッと俺を盗み見る。普段から余り口も聞かないのでいつも通り無視してやった。それにしてもやけに今日は俺を見やがる。一緒に休憩を過ごすオヤジに聞いてみると言いにくそうに、俺が首になる噂が流れてるんだ、と話してくれた。そんな時にあの禿げ頭の上司が俺を呼びに来たんだ。

○同・事務所

もう少し丁重に扱うものだと思っていたが、そんなことは全然ない。横柄な態度でさっきから、ずっとつっぱねていやがる。俺が文句でも言うと思って構えているのだろう。何やらこの不況での人員削減、アルバイトの俺に白羽の矢が立ったという訳だ。会社の内情などまったく興味を示さない俺は、そんな話が持ち上がっていることさえ、ちっとも知らなかった。何はともあれ、俺が指名された訳だ。仕事はできる方だと思ってはいたが、只の思い過ごしだったようだ。必要とされない見せしめの道具でしかないのだ。しょうがない。俺は素直に話を受け入れてやる。その途端ニコニコしやがって、あの糞禿げオヤジ、最低の野郎だ!

○同・作業場

事務所から出た途端、またコソコソとこっちを見ながら作業者達が喋っていやがる。みんな興味あるんだな、明日の自分の姿でも見ているんだろう。どうせ生活の為だけの退屈な仕事だ、変化があることはいいことだ、なんて考えてたら、何故か俺はウキウキしてきてしまって、一緒に働いた労働者達に上機嫌で挨拶なんかしてしまったりする。するとみんな堰を切ったように集まって来やがって、大変だな、早く仕事見付かるといいな、なんて心にもないことゴチャゴチャと言いやがって、馬鹿じゃねえか。何もそんなマニュアル通りの挨拶しなくたっていいだろ。この国の不況なんてたかが知れてるじゃねえか、なんて思いながら会社を終えたって訳だ。

○部屋

真由美(24)が戻って来る。俺は精算してもらった給料でちょっと豪勢な食事の支度をしている。それに気付く真由美、何があったの? だって。表情が徐々に変わるのが分る。おかずが増えただけでそれはないだろう。人員削減で辞めさせられたんだ、と伝えると、どうするのよ! とまた過去の話を持ち出してきやがった。今度は長く勤めてくれると思ったのにだの、やっと収入が軌道に乗ってきたのにだの。単調な生活になってたから変化があっていいじゃん、と言ってしまった俺は馬鹿なのだろうか? 喧嘩が始まり、罵り、罵られ、飯もすっかり冷めてしまった。もう嫌だ、こんな生活、と真由美の決めの文句が入り、毎度の通りヘラヘラと笑うしかない俺達なのである。この退屈な日常生活にやって来てくれた刺激は、やはりつまらなく、俺達の気怠さを益々募らせるものとなった。同棲して何年経つというのだろう。毎度毎度の繰り返しだ。それで今までどうにかやってきてしまったのだから面白くない。何だかんだ言って真由美はいつも勝手に解釈し理解して、俺を許してしまう。次の仕事先まで探して来てしまったりする。只の繰り返しだ。どうにか成ってしまう。その程度のことに張り合いなど湧く訳がない。張り合いなど、やはり初めからどこにもないものなのだろうか? これが生活ってやつなのかな。夜、今日もまた眠れない。横では真由美が寝息を立てている。俺はさっきから、ずっと天井を見ている。この不眠症は一体、いつまで続くのだろう。

○A社

工場関係は全滅だった。どこも募集していない。前に勤めていた工場にも訪ねてみる。どこも口を揃え、不況なんだよと断わり続けた。俺はスーツを何年振りかで着込んで、印刷会社の面接にも受ける。高々印刷屋だ。が、奴は大袈裟な態度で踏反りかえり、野良犬のように俺を扱った。偉いんだな、テメエ等は! まったく笑っちまうぜ!

○部屋

まだ仕事見付からないの! と叫ぶ真由美は、まるで只のそこいらの主婦である。貫禄さえ身に付けてしまっている。気分転換に遊びに行こうよ、と言ってしまう俺はやはり馬鹿なのだろうか? また口論へとなっていく。ベッドに横たわる真由美を求めに行くと、働かざる者やるべからず! とあしらわれる。当然の仕打ちなのか。それとはまったく関係ないのだが、やはり眠れない。憧れていた同棲生活はより変貌していく。日常生活は難しい。

○河原

何事もないように空はどこまでも広がっている。こんな真っ昼間にビールを飲んで昼寝をしてる場合じゃないんだろうな、本当は。それにしても平日の昼に何でこんなに沢山の人間が集まっているんだ? 奴等も俺と同じように社会に必要のない存在なのかな? その割には生意気にもみんなよく笑いやがるぜ。あの街並の人々、何がそんなにおかしいんだ? 俺よりも先に人生を捨ててたりしててな。それにしても、これじゃ只の傍観者だ、俺は。時間と場所を共有している真由美だけしか、俺のことを知らないのだろうか、なんて思ってしまう。就職は落ち続けている。あれだけ散々嫌味を言われたんだ、まさか落とされるとは思っていなかった。別にあの一件だけじゃない。ことごとく落とされている。すでに十何社は落ちただろう。すべて落とされている。生活するってのも大変なんだな、などと反省する今日この頃、ってなればいいのだが、そんな気持ちはちっとも俺には起きてはくれない。単調な日常にはやはり変化が必要だ、などと講釈を垂れたところで、結局は只働きたくないだけなんだ、俺はきっと。こんな奴に理解者なんていないんだろうな。誰も働きたい人間なんていないよ、と口では相槌を打ちながら、結局休むことの出来ない冴えない奴等を俺はいっぱい知っている。仕事を変える度に何人にも言われるんだ。奴等はこの退屈な日常のやり過ごし方を知らないんだ。退屈には退屈で対抗する、それが一番のやり方なんだぜ。何も期待せず、何も恐れず、何も考えずに過ごすこと。それが最大の武器なんだ。それにしても新たな刺激はないかね?

○部屋

テーブルの上には会社からの不合格通知が何通も重なっている。真由美は叫び続ける。内へ籠もると周りが見えなくなってくるのよ! で、俺は答える。止まって見ていると世界がはっきりと顔を出すんだぜ! いつまで止まっている気なのよ! 睡眠不足にアイツの金切り声はかなりしんどい。俺は訳の分らない、言ってはいけない事を口にしてしまったりする。最低よ! と罵られたかと思うと、そのまま真由美は何も言わずにどこかへ消えて行ってしまう。初めからやることなど何もない俺は酒を飲み始め、音のないテレビで馬鹿な奴等が笑っているのを眺めるしかない。酔いが回ってくる。俺はノートを取り出し色々な言葉を書き殴った。誰へ当てた手紙だろうか。手紙なんて代物ではない。落書きだ、こんなもの。眠れない俺はひたすら書き続けた。不満を吐き続けることを覚えた労働者達。自信を失ってしまった指導者達。どんどん泥酔状態になっていく。日常生活とやらを受け入れてみんな幸せに老いていけ! ぬかるんだ平和に埋もれて楽しく暮らしていけ! 内容は遺書らしきものへと変化を始める。死への憧れ。絶対の無。窓にはもう高く陽が登っている。それでも俺はまだ眠れない。俺は刺激を求め、横にある定規で手首を切ってみる。俺は楽しく自殺をしたんだ。そのまま倒れ込んで、やっと眠りに着くことできたんだ。

○部屋

吉岡から確認の電話で起こされる。虚ろな頭で電話を置くと、俺はそのまま洗面所でゲロを吐く。頭痛も酷い。鏡には涙目の最低の男が写っていやがる。真由美が戻って来た。何も言わずバスルームに入り、そのまま出て来ない。俺も黙って迎えた。シャワーの音に混じり真由美の泣き声が聞こえてくる。郵便受けにはいつの間にやら合格の通知が届いていた。同日夜、当然俺は眠れないでいる。

○路上

吉岡を乗せて空港へと向かう。奴の出発の日だ。吉岡と真由美ははしゃいでいる。俺は寝ていないのと、最低の仕事で喜んでしまった自分が嫌で傍観者を気取っている。虚無はどこにでも確立されているのだ。そんな中、真由美は容赦なく俺と吉岡を比較していく。

○空港近くの広場

刺激の空を飛行機が飛んで行く。俺は見ているだけ、どこへも行けない、いや行かない。この虚無感は完全に確立されている。暇潰しをするんだ! この退屈な日常をどうにかやり過ごすんだ! 刺激をくれ! どうすればいいんだ? 真由美に感情もなく申し込む。一緒になろう。どうにでもなれ、少し投げやり過ぎなのかな? まあいいや。飛行機は飛んでいく。俺はここで見ている。どこかへ行かなくては。日常は生のような死だ。刺激は死のような生だ。それでも真由美は内心喜んでくれているような気がする。

○路上

変化はいいものだ。結婚も勢いでやってみれば面白いものだ。何といっても責任を背負い込むんだ。将来、生活に追い込まれ健気に闘う自分の姿が浮かんでくる。想像の快楽は、求めている快楽じゃないけれど、虚無の幸福の確立なんだ! その中で持て遊ばれ、遊んでいく。式でも挙げるか? 子作りでもするか? 変化への期待が膨らんでいく。それにしても眠いな。ホテル行って、やって、寝ようぜ、と急かす俺に真由美は否定を差し出す。そんなお金ないわよ。果敢なき夢は現実的な感慨とは別物のようだ。傍観者の結婚式なのである。

○路肩

現実的な夢だ。駐車して3分写真を撮った。写真が出来上がり、真由美が笑う。俺は笑えない。そこにはありふれた退屈な日常生活がぽっかりと口を開けている気がした。また刺激を期待していたのだろうか? 家庭は過程、じゃあ結果は? 婚姻届けを出そうと真由美に言われ、戸惑ってしまう。将来の危機感への期待より、現実的な退屈の挑発に怯えている俺がいる。虚無が訪れる。当然喧嘩が始まる訳だ。はっきりしなさいよ! 真由美は現実なのである。

○袋小路

道に迷っている。さっきから同じ道の繰り返しだ。俺は混乱している。本当に何もないのだろうか、それが断定されていいものだろうか? 睡眠不足の頭で将来を思い浮べている。知らない道はいつの間にか知り尽くした道へと変わっていく。俺は傍観者となり、出口を求めて楽しんでしまう。真由美はずっと怒り続けている。それにしても、とにかく眠い。

○公園

混乱が続く。やはり何もないのだ。眠ろうとしたが、条件を揃えられると眠れない。暇な真由美はラジカセを取りに行く。それを知らない俺は真由美が居ないことを知り、やはり捨てられたんだと考える。酒を買いに行く。戻って来る真由美、俺が居ないので捨てられた、と思ったようだ。穏やかな午後、俺達は散歩をする。芝生に座り将来の俺達を眺める。傍観者の二人組である。本来すべてのことは楽しい筈なんだ、と子供達が遊んでいる。生きてるのか死んでるのか分らない、子孫を残せば役目なんか終わりなのに、と老人達がベンチに座っている。あんなことするために生きてるの? 仕事や暮らしや遊び。これが本当の姿なの? と家族が笑っている。祝杯は焼け酒に変わっていく。いつから解明していく事を俺は目的にしてしまったのか? 日常だの、死ぬ迄だの、永遠にだの、ずっと解明し続けている。ありふれた退屈な生活。真由美は優し過ぎるんだ。別れよう、と俺が言った。もう終わりなんだ、駄目なんだ。結婚は取り消し、すべてをゼロにしたい、すべてのことを終わらせたいんだ。馬鹿なこと言わないでよ! と真由美が否定する。それが俺には重いんだ。どうにかなるわよ、と言う真由美、希望と肯定で溢れている。どうにかなるさ、と言う俺、絶望と否定しか頭に浮かばない。真由美の甘い匂いの中、俺は静かに眠っていく。

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