あらゆる世界の月とカビ 江藤への手紙 #4 1992/04
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 年賀状をどうも有難う。返事が遅れてしまい、大変申し訳ない。
 今回のハガキには、連絡先が書いてあるのが、まずうれしかった。何度か手紙を書こうとはしたのだけれど、既に卒業しているのかとも思い、送らなかった。あと、留守番電話に2回、連絡くれたよね。あの時は全く江藤らしいと思ったよ。「今、晴海に居ます。明日、シアトルに発つので、今夜会えないだろうか?」そういうスケジュールが解っているなら、せめて2、3日前には連絡しろよ。

 遅ればせながら、新年明けまして、おめでとう。そして就職というのかな? 配属おめでとう。巡視線「ちょうかい」だって? ちょうかい。秋田なんて、また遠くへ行ってしまって、少しは近くで落ち着けよ。でも江藤のことだから、何処へ行っても全然、心配はしていないけど。北の海だと三保ヶ関部屋? 元い。恐ろしい程、寒いのだろう。体だけは充分に気をつけて、がんばって下さい。応援しています。

 僕からの連絡は、何時頃が最後となってしまったのだろうか?
 僕は平成元年4月に印刷会社に就職し、そこ迄は知ってるよね、そして、昨年3月を以って退社した。丸二年、御世話になったことになる。その後、ビデオ制作会社に入社、アシスタント・ディレクターのような仕事をしたが、3ヶ月で退社。以後、日払いアルバイトを転々とし、3ヶ月間を過ごす。この時期は殆ど働かなかった。そして昨年十月より、○光興産内で契約社員のようなアルバイトで現在に至っている。仕事の内容は潤滑油の製造だ。この仕事が一応、今年の3月迄となっている。以上が、この一年間の僕の近況だ。

 決して順調な一年ではなかった。僕はこのまま潰れていくのだろうか、と不安にもなった。完全なスランプだ。少し詳しく書こうと思う。

 大学での四年間、それに伴った新聞の仕事。この時期、僕は我武者羅でいつも怒っていた。浮かれている大学生やら、真面に評価されない仕事など、目に付くものに対し、「俺はオ前とは違うんだゼ!」と思っていた。とにかく卒業さえすれば、自分のような人間は正しく評価されるのだ。そう考えていた。

 就職。これが印刷会社だ。僕の印象としてはとにかく楽だった。社会は甘くない、だの言われ続けていたが、僕には甘かった。かと言って、仕事が出来た訳でもないが、定年迄、波風を立てず過ごせるのだなと思った。又、僕が真面だな、と思える人物が殆ど居ず、本当にこの程度で会社・社会というものが形成されているのかと実感させられた。

 突然、出来た自分の時間を僕は楽しんだ。コンサートを観たり、飲みに行ったり。しかし、自分の時間はそれらだけでは埋まらなかった。僕は自分自身のことを色々と考えるようになる。「このままでいいのか?」と。

 一年目の10月27日、僕は仕事を終え、日本青年館に向かっていた。イギリスのバンド「ストーン・ローゼス」のコンサートである。期待の新人だの騒がれていたが、僕にとっては同い歳の連中ということが、とても気になっていた。

 コンサート終了後、僕は呆然としていた。ロックという概念を打ち壊し、全く別の次元を連中は提示していた。同い歳の連中が、自分達の感性で時代を築いているのだ。とても衝撃的だった。そして僕自身の中で何かが変わった。奴等は自分達の音楽を引っ提げて、イギリスから日本にやって来たのだ。なのに僕は市ヶ谷の小さなデスクで自分の為ではない、生活の為の仕事を続けている。「いいのだろうか?」

 二年目の夏、僕が大学時代から読んでいた音楽雑誌「○ッキング・オン」に社員募集の告知が載った。「一体、僕に何ができるだろう?」と思っていた頃だ。僕は課題作文を書き応募した。大好きな映画と音楽、これで飯が喰えたら幸せだ。とにかく、それらの僕の得意な分野へ進んでみようと思い始めていたのだ。
  900人を超える応募の中、最終の面接で落ちてしまった。20人中7名の採用だった。とても残念だったが、自分の中で自信が生まれた。自分で考えていたよりも、評価が上だったからだ。どうやらそれらの分野ならば、実力も発揮できそうだ。何の算段も無かったが、僕は印刷会社に退職願を提出した。

 映画と音楽、あと文字も書いてみたいと思っていたので、その辺りを求人誌で探した。純粋に映画と音楽に携わる仕事は中々、見つからなかった。

 取り敢えず、ミュージック・ビデオ制作に魅かれ「○ュアー」というビデオ制作会社に就職する。全く違う仕事に戸惑いながら、ADのような仕事をした。
 裏の世界を見たとでも言うのだろうか? 代理店の存在、企業側の要求が鬱陶しく感じられた。企業や商品のPRビデオが主軸なので仕方がないのだろうが、それらのビデオは「作品」ではなく「商品」であった。
 又、会社内の人間で、映画や音楽の話が持ち上がらないのも奇妙だった。実際、話してもレベルは違った。
 ミュージック・ビデオの受注も殆ど無い事を知り、その他、金銭面等の問題もあり、3ヶ月で退社した。

 ビデオ会社を辞める頃、タイミング良く「○ッキング・オン」に再び社員募集の記事が出た。僕は完全に入社する算段だった。今回は完璧だろう。課題作文を書き、応募する。しかし何の返事も来なかった。不合格の通知も届かない。電話で問い合わせてみると「不合格通知が送られていないのはおかしいですけど、一次面接に欠席者は居無かったので、残念ですけど今回は…」という返答だった。本当に落ち込んでしまった。又、ビデオ会社の件も、結局3ヶ月しか続かなかった事に自分で嫌気がさしていた。「俺は何もできないのでは?」と思い始めた。

 それから3ヶ月、現在の○光興産に携わる迄、殆ど働かなかった。自分で書くのも何だが、軽いノイローゼのような状態だった。今の仕事はそういう意味で「社会復帰」のような感じでいる。何も考えず、与えられた仕事をこなし、余裕が出てくると、「馬鹿野郎! 俺にはロックしかないゼ!」と叫んでいる。どうにか元通りになれたようだ。

 その空白の3ヶ月間が、僕のこの一年を象徴しているような気がしている。

 取り敢えず金が無かったので、日払いのアルバイトを繰り返した。当然、肉体労働ばかりだ。しかも、夜から朝にかけての仕事が多かった。どこも長くは続かず、行くと言ってはさぼり、部屋に閉じこもっていた。光熱費も払わなかった。一度、電話が止まった。記念硬貨で煙草を買ったこともあった。仕事へ行きたいのだが、現場迄の交通費が無い時もあった。飯は一週間に一回やって来る彼女に買って貰った。金縛りにもあった。働かない割には、知人から金だけは借りた。誰とも会いたくなかった。世間が何か怖くなってきた。僕は部屋で一人ずうっとボケーとして、だらだらとした時間を過ごしていた。

 「生きる」という行為が面倒になったのだ。何も意味が見い出せなくなっていた。「俺は何かやるんだ」という、凝り固まった頭。その割には目先の状況判断にコロコロと変わる気持ち。「何かやってやる」という目標自体を疑い出した。

 日本は平和なのだ。3ヶ月働かなくても、生き残れる程、豊かな国なのだ。僕は自分自身の状況を何かとても奇妙に、そして不思議に感じた。どこかが狂ってる。正直も間違いも何も無い。全てが存在している。僕はそれらを選択する程、考え方が成立していない。実力も無い。

 不況になると言ったところで、贅沢を言わなければ職はすぐに見つかる。寿命が訪れる迄、生き残れる。生き残らされていく。一日、一日を過ごすことが偶然のはずなのに、当り前になっている。生きる行為が当り前として前提された、平和な世の中なのだ。

 どこかに所属する。何日かすると、欲望が生まれる。次のステップを狙う。それを手にすると、又欲望が生れる。それをずうっと繰り返す。
「今は平和だよ。昔は食べるものが無くて」。だから今は平和だと誰かが言う。一見、最もらしいが、Cというステップに立って、何年も前のAというステップを確認しているだけだ。自分の欲望を遥か過去の欲望に限定して、現在のCのステップでの欲望をごまかしているだけだ。

 僕は、それができない自分が解っていた。何処迄行っても必ずやって来る、欲望。それが胡散ったかった。ならば始めから欲望をできるだけ消し去り、生き残らされて居よう。そんな感じだった。何処迄行っても、いつも不満なのだ。それが面倒だった。
 又、どんな成功だろうと、どんな失敗だろうと、振り返った時、何時でも「結果オーライ」となっている自分が嫌だった。それなら始めから、何もしなければいい。

 然程、真剣に考えた訳ではないが、その空白の3ヶ月を、僕はこのような感覚で過ごした。これらの考えが過ぎ去って行ったのは、「どうにか、なるものさ」という楽観的な考えだった。いつもヘビィーな時、どん底が形成されると、僕は何故か笑ってしまう。全てが僕の頭の上に存在していて、それらを見上げながら僕は笑ってしまう。そして時が経つと、まるで何事も無かったように僕を元に戻してくれる。

 もうすぐ、自分で決めた一年が終わろうとしている。結局、僕は何をやっていいのか、具体的な結論が出ず、何の進展も無かった。あと少し、こんな状態でやっていこうかとも考えたが、一年前の僕が許さないらしい。4月に僕は就職する。まだ決めてないけど。

 人間という奴は本当に弱いもので、「勢い」を止めると脳ミソも身体も動かなくなってしまう。その事に今更ながら気付かされ、今は潰されたくないと思っている。怒る時も、泣く時も、喜ぶ時も、哀しむ時も、立ち止まるのではなく、歩きながら、走りながら、感じていたいと思っている。

 先日のある夜、この一年間が目先の出来事としてではなく、俯瞰のような視点で色々思い出された。結局、僕は何時でも、「見返り」を待ち望んでいる情け無い奴なのだ。「狂った世界」「馬鹿な奴ら」と叫んでいる割には、その世界から、僕は見返りを気にしている。そんな自分に矛盾を強く感じた。

 「どうでも生きては行ける。でも果たしてどうでもいいのだろうか?」そんな下らない堂々巡りはもう辞めて、始めるしかない。そう思った。もう始めるのだ。一人で悩んでいても、「大変ねえ」と美人は僕に声を掛けてはくれない。

 とても小さな自意識は捨て、自らを他人に晒け出さないとコミュニケーションが取れないと感じた。つまり、自分自身だけでは自分は築けないのだ。存在しないのだ。

 結局、どのように生きて行くのかは自分の判断次第なのだ。思い込もうとしても「違うだろ」と忠告する直感のような自分が居る。安心して過ごしていても「ヤバイぜ」と話しかける自分が居る。それを大切にして行きたい。

 「考えた」や「決めた」と言ったところで、それらは果敢く、又繰り返して行くのだろうが、少しでも、遅くでも、自分を押し進めるつもりだ。「流されて行こうぜ」と呟く自分に潰される前に。

 少しでも脅して行くよ。脅されるだけでは、つまらないからね。現在、そんな感じだ。

 大変、長い手紙になってしまった。別に真剣に読まないで欲しい。ただ、とある女子高生が○○君のことを好きになってしまい、その自分の気持ちを、親友の××ちゃんに聞いて貰いたいと思うような、そんな内容の手紙なのだから。

 江藤の方の近況も知りたい。
 お互い納得のいく時間を過ごそう。又、いつの日か、一緒に酒を飲める日を楽しみにしています。乱筆、乱文、失礼した。では。

 あとがき
 「4月に就職するゾ!!」この手紙は、その「報告」だけです。では。お元気で。

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